表彰事業

新聞文化賞

 1951年に「長年にわたって新聞界の発展に尽くし新聞文化の向上に貢献した功労者」に授賞する目的で設定され、毎年10月に開かれる新聞大会の席上、賞状と記念品ならびに副賞として賞金が贈られている。現在の規定は1970年12月17日開催の第293回理事会で明文化された。授賞規定は次のとおりである。

新聞文化賞授賞規定

A 授賞基準
新聞文化賞は、言論ならびに新聞事業を通じて社会文化に顕著な功績のあった新聞人に贈る。

B 授賞手続き
理事会の議を経て会長の指名する選考委員会により、新聞協会賞とならんで年1回選考を行い、新聞大会に際して授賞する。ただし、選考委員会の選考の結果、授賞に決定したものが新聞大会前に、物故した場合には、新聞大会を待たず直ちに授賞できることとする。
 なお同規定には、将来の運用の参考のため、解釈を盛り込んだ前記理事会の議事記録が添付されている。

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受賞者および授賞理由一覧(1989年以降)

2009年度=一力一夫氏

受賞理由  一力一夫氏は、半世紀以上にわたって新聞記者、新聞経営者として社業に尽くし、その優れた指導力と先見性をもって、わが国新聞界の発展に大きく貢献した。
 昭和45年から35年間、日本新聞協会の理事に在任し、平成9年から同13年までは協会副会長としても、国内に山積する困難な課題の解決に積極的に取り組んだ。なかでも、NIE活動の普及と新聞博物館の創設については、担当理事としてその重要性を訴え、変わらぬ情熱を注ぎ続けた。昭和63年、新聞協会にNIE委員会が発足した際には初代委員長に就任して活動の先頭に立ち、NIE活動が現在、全国各地で幅広く展開される礎を築いた。また、平成12年にわが国日刊新聞発祥の地である横浜に日本新聞博物館の開館に至ったのは、一力氏の誠実さとその実行力のたまものである。
 これらの功績は新聞人として高く評価される。


2007年度=渡邉恒雄氏、中江利忠氏

受賞理由  渡邉恒雄氏は、半世紀余りにわたって新聞記者、新聞経営者として社業に尽くし、新聞界の発展および安定に力を注いだ。
 卓越した経営手腕によって、読売新聞の発展に尽力し、社論の確立に強力なリーダーシップを発揮したほか、日本の文化水準の維持・向上のため活字文化の振興に積極的に取り組み、民主主義社会における新聞の役割を広く社会に浸透させた。
 日本新聞協会長としては、新聞経営の根幹にかかわる再販制度の存続を果たすとともに、21世紀に向け新聞倫理水準の一層の向上をはかるため、新たな新聞倫理綱領を制定した。
 これらの功績は新聞人として高く評価される。

受賞理由  中江利忠氏は、朝日新聞社の経済部記者としてスタートし、編集幹部、経営責任者として、言論の自由の確保とそれを支える新聞倫理の向上に尽力した。
 日本新聞協会の会長在任中は、内外ともに激しく変化する環境のなか、新聞の公共性や文化性を維持すべく、陣頭にたって再販堅持、販売正常化を推進した。また、「新聞メディアの強化に関する委員会」を新設するなど、新聞の役割を読者にアピールする活動に力を注いだ。国際新聞編集者協会(IPI)など国際団体の活動に積極的に協力するとともに、各国新聞界との交流拡大に努め、日本の新聞界の評価を高めた。
 これらの功績は新聞人として高く評価される。



1995年度=広岡知男氏

受賞理由  広岡知男氏は、昭和の初期に朝日新聞社の経済記者としてスタートし、論説、編集幹部、経営責任者としてほぼ半世紀にわたる期間、常に新聞人としての先駆的な信念を貫き通して、新聞の自由の確保と新聞経営の安定・強化に努めた。
 経営責任者として新聞社の経営体質強化をはかる中で、同社が世界に先駆けた電算写植による新聞編集・製作のトータル・システム「NELSON」の開発・実用化に踏み切る決断をされたことが、その後の新聞界に画期的な近代化をもたらしたものとして高く評価される。また、戦後の復興期に労使関係を主軸にまとめられた新聞の「編集権」についても、成長期、成熟期に即した新しい角度からの見直しに取り組み、昭和56(1981)年に新聞協会に設置された研究会の座長として調査・研究を主導、その成果は国際的にも高い評価を得た。
 日本新聞協会の役員、会長としてもわが国新聞界の発展に尽力し、国際新聞発行者協会(FIEJ)副会長、国際新聞編集者協会(IPI)副理事長も兼ねて積極的な海外交流を実践し日本新聞界の国際的な地位向上に大きく貢献した。


1993年度=福田利光氏

受賞理由  福田利光氏は、昭和12年に福岡日日新聞社(現西日本新聞社)に入社されてから、半世紀余りの55年間を新聞一筋に過ごされた。戦前・戦後の激動期に編集の最高責任者として活躍、報道の自由の確立に尽くされたうえ、経営の最高責任者となってからも、卓越した識見と強力な指導力で、社業の発展とわが国新聞界の充実・向上に献身的な努力を傾けた。
 20年余にわたる日本新聞協会とのかかわりでは、長期にわたって理事をつとめられ、常に地方紙を代表する立場での困難な調整役を果たされたばかりでなく、理事会に特設された「技術開発特別委員会」の委員長としても、新しい時代の技術革新と積極的に取り組まれて、変革期への対応の基礎を固め、将来への展望を開いた。
 5期10年におよぶ副会長時代には、再度にわたって会長代行の重責を担われ、国際化時代の日本新聞界を代表して活躍されるなど、同氏がわが国新聞界に果たされた新聞人としての役割と功績は高く評価される。


1989年度=圓城寺次郎氏

受賞理由  圓城寺次郎氏は、昭和の初期から今日に至るまでのほぼ半世紀にわたり、常に先駆的な新聞人としての活動を続けて来た。
 戦後の激動期には日本経済新聞社の編集局長、主幹として言論・報道の自由を確立することに尽力し、その後、社長、会長として長期にわたり新聞本来の使命達成に力を注ぐ一方、美術をはじめとする文化・芸術分野の報道や事業活動を展開して新聞社の活動領域を広げ、さらには各種媒体の開発と連携によって、新聞社を総合情報産業とする新しい方向の基礎を築いた。
 また、新聞製作の近代化にも積極的に取り組み、先端技術を導入して工程の自動化を推進、世界に先駆けて大規模な電算編集・製作システムを完成させたことは特筆される。
 これらの功績は、わが国新聞界全体の発展、向上に大きく寄与したものとして、高く評価される。

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