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企画展「孤高の新聞」始まる 東奥・愛媛と共催 ニュースパーク

羯南、子規の格闘紹介

 日本新聞博物館(ニュースパーク、横浜市)の企画展「孤高の新聞『日本』―羯南、子規らの格闘」が6月20日、開幕した。東奥日報社、愛媛新聞社と共催。同館の企画展を複数の地方紙が共催するのは初めて。政府や政党など特定の勢力の宣伝機関紙ではない「独立新聞」として「日本」を創刊した陸羯南と、同紙で多くの作品を発表した正岡子規らの軌跡を、200点を超える資料やパネルで紹介する。8月9日まで。

 開幕に先立ち6月19日に開かれたオープニングセレモニーには、後援する青森県弘前市の葛西憲之市長ら47人が出席。東奥日報の塩越隆雄代表取締役社長は「現在の新聞の原型を作ったとも言われる陸羯南があまり知られていないことに疑問があった。新聞博物館で取り上げたいという思いがようやくかなった」とあいさつした。

 新聞「日本」は1889年、大日本帝国憲法の発布式の日に創刊。愛媛新聞の土居英雄社長はあいさつで、「世の中が大きく変わろうとしている現在は、明治の混沌につながるものを感じる。そうした時代に、羯南と子規の足跡を通じてジャーナリズムの世界に目を向けることは意義深い」と話した。

 続いて内覧会が行われた。「日本」の創刊号のほか、読者への発行停止通知はがきや羯南が起草した「新聞紙条例」の改正案を展示。度重なる発行停止処分と格闘した歴史も知ることができる。羯南の子孫である最上義雄さん(76)は「現代の若者が羯南の文章を読むのは難しいかもしれないが、ロジックの展開や格調の高さに触れてみてほしい」と語った。

 文学を重視した羯南は、正岡子規を日本新聞社に入社させた。子規が「日本」に書いた俳句時評や、編集主任を務めた新聞「小日本」も紹介。松山市立子規記念博物館の竹田美喜館長は「子規は新聞連載に育てられた。『日本』読者の知的教養の高さや記者たちの気骨があったからこそ、子規の俳句・短歌の文学革新は実現した」と強調した。

 8月1日には関連イベントとして歴史学者の有山輝雄氏、陸羯南研究会主筆の高木宏治氏、国文学者・神奈川大学名誉教授の復本一郎氏を講師に招いて公開講座が開かれる。

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