4月16日付 「科学のまち」のこれから

茨城「未来はきたか 学園都市50年」

 1963年、池田勇人内閣は茨城県筑波地区での新都市建設を閣議了解した。筑波研究学園都市の始まりである。50年後の今年、「科学のまち」の過去、現在、未来に焦点を当てる連載が元日から始まった。

 2005年につくばエクスプレスが開通し、沿線の開発が進む。4町村が合併して1987年に誕生したつくば市は現在、人口21万人を擁する県内第2の都市に成長した。

 市内には32の研究機関があり、住民のうちおよそ2万人が研究者だ。外国人研究者の数も5千人に上る。こうした実態を反映して地域の教育レベルは高く、街の魅力向上にもつながっている。昨年3月にモビリティーロボット実験特区に認定され、立ち乗り二輪車「セグウェイ」が公道を走った。第1部「現在地」では、ロボット産業の集積地を目指す街の姿を、さまざまな角度から伝えた。

 街の成り立ちをひもとく第2部「道標」は、3月に掲載。研究所と田んぼしかなかった街の成長過程について、当時を知る人々から証言を集めた。インフラなど街の基本計画作成を担った土肥博至筑波大名誉教授は「街づくりは『完結』してはいけない」と取材に答えた。デザイン性を重視した段差の多い設計も、バリアフリーが優先される現代には合わなくなってきた。連載を担当する鈴木信竹報道部副部長は、「多摩ニュータウンなど同時期につくられた街に共通する問題」と話す。

 つくばで長く研究を続け、ノーベル賞を受賞した白川英樹氏(2000年、化学賞)、小林誠氏(08年、物理学賞)も、筑波大の在り方などについて問題提起した。「熱心な指摘を、行政が吸い上げきれていないのはなぜか。これから連載で扱っていきたい」と鈴木副部長。今後、こうした課題や街の未来を担う新研究を取り上げる。(三)

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