7月 2日付 福島と重なる足尾

下野「今、生きる正造―没後100年」

 明治時代、足尾銅山鉱毒事件の被害者救済に生涯を捧げた政治家・田中正造。9月に没後100年を迎える。前身の一つである栃木新聞の編集長も務めた「郷土の偉人」を、下野が連載で見つめ直す。

 小学校の教科書に伝記が載るなど全国的にも知名度は高いが、「大人になれば記憶は薄れ気味」(樺沢修地域報道部デスク)。明治天皇への直訴といった象徴的なエピソードしか知らない栃木県民も多いという。そうした状況が、東日本大震災を機に変わりつつある。

 鉱毒事件は、日本の公害、環境問題のはしりだ。今なお爪痕を残す鉱毒被害は、除染に膨大な時を要する福島第一原発事故と重なる。鉱毒に怒り、現代文明を批判し、国家と闘い抜いた正造の生き様は、反原発を掲げる人々の間で見直されているという。

 4月から始まった第1部「後世につなぐ」は、正造の研究団体の活動などを通し、その生き様を次世代に伝えようとする人々を追った。1960年代の公害問題を機に設立された多くの団体は、高齢化が進んでいる。一部地域が鉱山を経営する古河側との永久示談に応じた足利市では、被害が多かったにもかかわらず正造の顕彰活動が盛り上がりを欠くなど、複雑な事情も垣間見える。

 今後は「激甚地の今」「思想を今に生かす」がテーマとなる。渡良瀬川流域の群馬県太田市では、現在も鉱毒のチェックが続く。環境問題に携わる研究者に、先駆者たる正造に影響を受けた人は多い。

 栃木県は今、放射性廃棄物の最終処分場候補地とされている。樺沢デスクは「積極的に原発の問題と結びつけた企画にするべきか、議論した」と言う。現在進行中の複雑な問題であるため、一緒には論じないこととしたが、「にじみ出てくるものを読み取ってほしい」と話している。(三)

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