7月29日付 取材現場を再訪

岩手日報「被災地を歩く」 

 東日本大震災直後に取材した現場を、同じ記者が訪ねる。岩手日報は過去3回にわたり、記者を同じ場所に派遣し、紙面化してきた。今回で4度目の再訪となる15人の記者が、6月15~29日付紙面で被災地の今を伝えている。

 「街づくりは行政任せの受け身の姿勢ではなく、住民が主体的に関わることが大事だ」と話す遠野支局の刈谷洋文支局長は震災当時、本社で教育担当だった。震災発生後、自身の古里である大船渡市三陸町の越喜来地区を取材した。3年が過ぎ、スーパーマーケットは仮設営業から再建を果たした。高台では小学校校舎の造成工事が進む。

 前回取材時、移転を模索していた地元商店会は、9店舗で事業組合を立ち上げ、グループ補助金で仮設ではない形で移転することを決めた。話し合いを重ね、膨大な書類を申請した。しかし、移転先は市有地で土地の価格が決まらず、工事契約は結べていない。歯がゆい思いをしながらも「もうひと踏ん張りだ」と頑張る住民の姿を伝えた。

 運動部の斉藤陽一記者は、山田町船越の小谷鳥集落の取材を続ける。ワカメ、コンブの養殖やウニ漁などが盛んな漁村は、震災で居宅棟数31戸のうち20戸が全壊した。防災集団移転促進事業で高台に移る予定の4戸を含め集落の戸数は10戸ほどに減る見込みだ。斉藤記者は、住民それぞれが事情を抱える中、取材することで特定の方向に話が進まないよう配慮したという。

 連載担当デスクの榊悟報道部次長は「震災を風化させないと肝に銘じ、被災者に寄り添い当事者意識を持って伝え続けていくことが地元紙の役割だ」と話す。復興状況は地域によってさまざまだが、刈谷記者は「ドラマチックではなくても住民の声や想いを通じて、ありのままの地域の姿を伝えていきたい」と語った。(福)

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