2月 3日付 沖縄住民が日常と願い語る

新潟「平和はどこに 基地の島を訪ねて」 

 「新潟で暮らしていたころは戦争は何だか遠く、現実味がなかった。ここで米軍の車両を目にしない日はない。戦闘機も飛んでいる」。そう語る新潟県出身で沖縄県在住の唄三線奏者・川村健一さんの紹介から連載は始まる。

 昨年、県知事選と衆院選の二つの選挙で、普天間飛行場の辺野古移設に「ノー」の審判を下した沖縄。戦後70年の節目を前にした昨年12月、5回連続で、沖縄で暮らす新潟にゆかりの深い人たちのさまざまな思いを伝えた。

 報道部の笹川比呂子記者は、新潟で特定秘密保護法や集団的自衛権の閣議決定などに対する住民の反応が薄いことにもどかしさを感じていたという。「生活の実感を伴わないことは伝わらない。米軍基地周辺に住む人たちの生活と、生身の声を伝えることで、読者が平和について考えるきっかけになれば」と、沖縄を訪れた。

 新潟で学生時代を過ごした経営者や、沖縄の大学で平和を学びそのまま生活の拠点を移した女性など取材対象は多様だ。戦闘機の爆音、住民に伝えられないまま進むヘリコプター発着場の建設計画、米同時多発テロ直後の米軍基地の厳戒態勢など、新潟とは異なった日常が語られる。

 しかし、彼らは一様に基地反対で口をそろえるわけでない。基地や関連組織で働く人や米兵と交流を深める中で、基地が生活の中に密接に入り込んでいることを実感し、共存を考える人もいる。「賛成か反対で割り切れないという戸惑いの声もあった。その率直な思いこそ、新潟県民に共感を持って読んでもらえると考えた」と今野洋史報道部次長は話す。

 取材を通じて、沖縄の問題をより身近に感じるようになったという笹川記者。今後も他県の問題を地元ゆかりの人の視点から紹介していきたいと語った。(新)

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