3月28日付 苦悩の中、風化に立ち向かう

河北「表現者たちの軌跡 東日本大震災6年」

 仙台市出身で東京に住む作家の穂高明さんは、東日本大震災で親類、友人らを幾人も亡くした。しかし「押し寄せる津波をじかに見ていない。家も家族も失ってはいない。こんな自分に災害を書く資格が、悲しむ資格があるのだろうか」。自問を繰り返した。5年後、長編「青と白と」を出版。主人公が東京で故郷や家族を案じながら、震災を小説に書く決断に至るまでをつづった。

 東北地方で演劇、文芸、美術、音楽に携わる人々が地震、津波、原発事故の後、再び表現活動に向かうには、時間が必要だった。生活文化部の記者4人が3月2日から4回連載で、表現者たちの活動を追った。

 宮城教育大教授で作曲家の吉川和夫さんは、震災のとき仙台市内の自宅にいた。大災害に心乱れ、地に足が付かない日々を送る。

 約1か月後、心を整理しようと故まど・みちおさんの詩集をめくった。震災前の詩だったが、被災地の情景が脳裏に浮かぶ。何かに突き動かされるように1週間足らずで詩3編に曲を付けた。その後、他の詩3編にも曲を付け「混声合唱のための どうして あんなに」を完成させた。「深く傷ついた東北への連帯表明の思いで作った。自分が震災を受け止めるためにも作る必要があった」と述懐する。

 「震災の記憶を風化させまいと立ち向かう表現者たちの心の軌跡、作品の制作と震災の関わりを描きたいと考えた」。連載を統括した加藤健一生活文化部次長はこう語る。読者から「震災への思いを新たにした」との反響も寄せられた。

 震災をモチーフにした作品の制作をためらう表現者は、今も少なくない。しかし「いつか自分を取り戻し、何ができるかを問い直すことから、活動を始める。来年以降もこの連載に取り組み続ける価値はある」。加藤氏はこう語った。(有)

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