6月13日付 "流された歴史"を取り戻す

十勝毎日「永久キャンペーン 『土づくり』 耕土再生」

 昨年8月、台風がもたらした記録的な大雨が十勝地方を襲った。氾濫した河川の近くの農地は濁流にのまれ、激甚災害指定で災害復旧事業の対象になった農地は帯広市、芽室町、清水町を中心に6市町291・6ヘクタール、東京ドーム62個分。水害直後から被災地の取材を重ねてきた政経部の安田義教記者が、5月9日付から3回連載で農地再生への道筋を探った。

 十勝地方の開拓が始まり130年余り。火山灰土に覆われた北の大地を豊かな農地に変えてきた。更別村の農家には「取れた物は畑に返せ」という家訓があるという。収穫した分、土地はやせる。収益は堆肥などで畑に戻すという意味だ。地力が向上し、火山灰土に足りない保水力も高まる。

 主要作物の小麦、豆類、ビート、じゃがいものうち、小麦や豆類は土への負荷が大きいため輪作を導入。作物の出来を見て、次の年の施肥や管理を考える。雨の日には畑の水はけを見極める。こうした努力の蓄積が一晩で流された。まさに痛恨の極みだ。

 流された表土の代わりに河川工事での掘削土を入れ、農地を復旧する作業は、昨年末から始まっている。しかし、新たに入れた土の地力は低い。所有する畑の7分の1に当たる5ヘクタールが流された芽室町の浅田文浩さんは「簡単にはいかない。でも、やり方次第では元の土よりも良くなるかもしれない」と前を向く。

 今回の水害は、ポテトチップスが販売中止になるなど、全国から注目された。地元の読者からは、連載記事で土づくりについて理解が深まったとの反響もあった。「土が流されたんじゃない。〝歴史"が流されたんだ」。取材したJA幹部の無念の表情を、安田氏は忘れられない。農地の復興にはおそらく長い時間がかかる。その道のりを追っていきたいと語った。(有)

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