9月 3日付 戦争と平和を考え続ける

憲法、集団的自衛権もテーマに

 68回目を迎えた「終戦の日」、各社はさまざまな角度から8月15日を論じた。中国や韓国が歴史認識や領土問題で対日批判を強めるなか、安倍晋三首相は、それまで意欲を示してきた靖国神社への参拝を見送った。一方、全国戦没者追悼式の式辞では歴代首相が踏襲してきた「アジア諸国への反省」に触れなかった。15、16日付の紙面から各紙の論調をまとめた。

首相は靖国参拝見送り

毎日は首相の参拝見送りに一定の評価を与えた。「靖国が近隣外交を進める上での大きなネックになっている今、大局的な判断と評価したい。玉串料は私費で、自民党総裁特別補佐の国会議員が代理で納め、『自民党総裁 安倍晋三』と記帳したという。私費であれば政教分離上の問題は生じない。第1次内閣当時に参拝しなかったことを『痛恨の極み』と繰り返し明言していただけに、参拝期待の支持者向けの配慮として理解する。『戦没者への感謝と尊崇の念』は私たちも共有するからだ」

閣僚3人が参拝したことに対し京都は「首相は参拝しなかったが、自民党総裁として私費で玉串料を納め、閣僚参拝を容認した。(中略)いま政治家に求められるのは、対立をあおりかねない内向きの論理ではなく、より大局的な観点に立って行動することだ」。愛媛も15日付で「複数の閣僚がきょう靖国神社を参拝する構えを見せる。中国、韓国を刺激するだけでなく、憲法の政教分離原則に照らし、疑義があることをあらためて指摘しておきたい」と批判した。

これに対し産経は「秋の例大祭には、国の指導者として堂々と参拝してほしい。(中略)首相が国民を代表して参拝することは、国を守る観点からも重要な責務である」と首相の参拝に期待感を示した。

読売は「中韓の『反日』傾斜を憂える」の見出しで「中国と韓国だけは、歴史認識問題に絡めて対日批判をエスカレートさせている。極めて遺憾な事態と言わざるを得ない。(中略)どのような形で戦没者を追悼するかは本来、日本の国内問題である。他国から干渉される筋合いのものではない」と論じた。西日本は「最も重大な問題は隣国の反応自体ではなく、戦後70年近くを経て私たちが本当に日中戦争以降の一連の戦争を自らの手で総括できているのか―ということではないか」と提起した。

東京・中日は「国家の指導的立場にある者は、対立の火に油を注ぐのではなく、解決のための知恵を集めるのが役目のはずだ。その知恵にはいろいろあろう。これまでもA級戦犯分祀論や新たな国立の追悼施設が検討の俎上(そじょう)に上がった。いずれも実現に至ってはいないが、再検討に値する」と訴えた。

「アジアへの反省」触れず

首相が戦没者追悼式で「アジア諸国への反省」に触れなかったことについて、朝日は「気になるのは、式辞からなくなった言葉が(中略)95年の村山首相談話の表現と重なることだ」と指摘し「首相はかねて村山談話の見直しに意欲を示している。そうした意図が今回の式辞に表れたとするなら、とうてい容認できるものではない」と懸念を示した。中国も「領土問題などのかつてない摩擦で日本外交の行方が注視されている今、なぜ要らざる疑念を招く式辞を読んだのだろう。違和感が拭えない」。北國は「中韓両国はこれにも反発したが、式辞全体を通じて悔悟の思いが伝わればそれで十分である」と首相を擁護した。

憲法改正や集団的自衛権の解釈見直しの動きに絡めた論評も目立った。「戦後営々と築き上げてきた『不戦の防御壁』が音を立てて崩れつつある。政府は武器輸出三原則撤廃の方針を固めただけでなく、専守防衛の原則を捨てて敵地攻撃能力保有も唱え始めた」と琉球。東奥も「日本は平和主義を掲げてきたからこそ、焼け野原から再起し、今のような経済的発展を遂げた。私たちは戦争のない暮らしを続けてきた。そのことを忘れてはならない」。山陽は「集団的自衛権をめぐる国内の賛否は大きく割れている。平和憲法の根幹をなす重要な問題であり、冷静かつ国民的な議論が欠かせない」と慎重な議論を促した。

日経は「68年の月日は、どう戦争を語り、受け継いでいくのかという課題を、より大きく、重いものにした。戦後生まれの人は今や人口の8割近くを占め、2012年、初めて1億人を突破した。戦争が遠くなったからこそ、歴史に学ぶ姿勢を一層、大事にしなければならない」と説く。

福島民友は東日本大震災の被災地の新聞として「これからは風化との闘いだ。戦禍の過去と向き合いながら、平和な未来をつくり上げていくことが求められる」と結んだ。(審査室)

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