2009年 5月12日
「状況証拠」どう裁く

毒物カレー事件最高裁判決を巡る社説
裁判員裁判に重い課題

和歌山市で一九九八年、四人が死亡、六十三人がヒ素中毒になった毒物カレー事件で、殺人罪などに問われた林真須美被告の上告審判決で最高裁第三小法廷は四月二十一日、一、二審の死刑判決を支持、被告の上告を棄却した。弁護側は再審請求する方針。被告と犯行を結びつける決定的な直接証拠がなく、裁判は状況証拠の評価が争点となった。那須弘平裁判長は目撃情報などを挙げ「被告が犯人であることは、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明された」との判断を示したが、判決は間もなくスタートする裁判員制度に多くの課題も残した。四十本の社・論説が取り上げた。

動機未解明「やりきれぬ」

《状況証拠》産経「検察側は付近住民の目撃証言などを詳細に集める状況証拠の積み重ねで、同被告の犯行を明らかにするという立証方法をとった。最高裁も『状況証拠を総合的に判断すると、被告の犯行に疑いの余地はない』と結論付け、1、2審同様、検察側の主張を全面的に認める妥当な判決である」、読売「カレーから検出されたヒ素と、林被告の自宅などにあったヒ素には同一性がある。被告の毛髪からもヒ素が検出された。被告が鍋のふたを開ける不審な行動が目撃されている。最高裁が死刑と結論付けたのは、こうした状況証拠を総合的に判断した結果である」、岩手日報「最高裁判決は、林被告の犯行に『疑いの余地はない』と一、二審の判断を全面的に認める一方、動機が不明な点には『被告が犯人であるとの認定を左右しない』と、状況証拠に基づく『犯人性』を疑わない姿勢を明言した。(略)自白偏重の弊害も叫ばれる中、今回の最高裁判決は、直接証拠によらずとも状況証拠で有罪、無罪を決する裁判の流れに沿った判断といえる」。

《釈然とせず》北海道「判決が確定しても、どこか釈然としない思いを抱く人も少なくないのではないか。隣近所の人々になぜ被害を与えなければならなかったのか。卑劣な犯行の背後に何があったのか。具体的な犯行の動機が一、二審はもとより、上告審でも一切、明らかにならなかった」、中日・東京「刑事裁判は事件の真相を究明する場でもある。動機や目的は毒物カレー事件の核心部分の一つだ。(略)正統な手続きにのっとり、犯人しか知り得ない事実を供述させるのが犯罪捜査というもので、死刑事件ならなおさらだ」、南日本「卑劣な事件の全容が解明されたわけではない。とりわけ残念なのは動機がついにわからなかったことだ。検察側は動機について『住民から批判されて激高した』としたが、一審は『未解明』、二審も『断定は困難』だった。(略)『なぜ』という根本的な疑問を残したままの決着に、やりきれない思いの人は少なくないだろう」。

《裁判員なら》高知「最高裁判決は、犯行動機が解明されていなくても状況証拠からの認定は左右されないと指摘した。確かに重要なのは事実認定であり、そこでは明確でないものを排除することが判決の信頼性を高める。(略)五月からは裁判員制度が導入される。状況証拠のみでの厳格な事実認定と量刑は困難を伴う。最高裁は今回の立証に合理的な疑いがないとしたが、裁判員制度の中でどういう対応がとれるのか検討も欠かせない」、毎日「裁判員制度では連日にわたり法廷を開くという。それでもカレー事件のようなケースでは、週1~2回の開廷で数カ月かけて審理を尽くすなど、柔軟な対応を検討していい。裁判員の覚悟を伴うが、企業の有給休暇制度の活用や育児支援など社会全体がサポートする体制も必要だ」、上毛・長崎など「カレー事件のような特異なケースが裁判員裁判の法廷に持ち込まれれば、審理の迅速化によって『七割が三日以内、二割は五日以内に終わる』との最高裁の想定を超え長期化することは避けられないとみられる。迅速化するために審理を犠牲にしたのでは、本末転倒になる」。

番組の証拠採用を許すな

《メディアに課題》信毎「今回の事件が、報道側に投げかけた課題も大きい。一つが、集団的過熱取材(メディアスクラム)の問題である。(略)もう一つが、被告らへのインタビューを報じたテレビ番組の録画ビデオが証拠として公判で採用された点だ」、朝日「取材結果は報道目的以外には使わないのがジャーナリズムの鉄則だ。取材を受けた結果が、自らの訴追に利用されるのなら、取材に応じる人はいなくなる恐れがある。それは報道の自由への大きな障害になり、結果的に国民の知る権利が損なわれる」、西日本「いかに衝撃的な事件であろうとも、被害者、容疑者、地元住民などすべての人の人権を侵害するようなことがあってはならない。この事件は、報道のあり方を考え直す一契機にもなった」。(審査室)

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