2010年 2月23日
総指摘件数、809件に

倫理面から見た2009年の新聞報道
裁判員に会見出席求める

《指摘件数》新聞協会審査室は、1951年以来、新聞倫理綱領、新聞広告倫理綱領の精神に照らし、協会会員の紙面に掲載するのは不適当と判断した記事・写真などの件数を「指摘件数」としてまとめている。審査室が指摘を行う際の基準は、「性表現の行き過ぎ」を中心にしている。

夕刊紙廃刊で大きく減少

2009年中の総指摘件数は、809件で、前年の1826件を大きく下回った。これまで大量に問題写真・イラストなどを掲載してきた夕刊紙が編集方針を変更、その後廃刊したことなどによるところが大きい。ただ、総数は減ったものの、性行為や女性の局部・アンダーヘアなど、露骨な性描写は依然として目に付き、指摘される多くの対象が、性風俗産業で働く女性やアダルトビデオを紹介する写真、イラスト、漫画であるという傾向に変化はない。

1件でも指摘のあった新聞は、夕刊紙2紙とスポーツ紙7紙(即売版)の計9紙で、一般日刊紙は含まれていない。

総指摘件数は調査開始以来、約30年間は千件を超えなかったが、80年代後半に2千件台に急増。87年から2006年までは、600~1100件で推移したものの07年には再び1600件台に急増、08年も拡大は続いた。それが09年は2年ぶりに千件を割る水準に戻った。

《記事盗用》08、09年と相次いだ記事盗用や捏造(ねつぞう)事件は大幅に減ったが、残念ながら根絶はしなかった。読売新聞大阪本社は5月、運動部記者が中国新聞の記事を計8回盗用していたとして、この記者の諭旨退職を決めた。また、監督責任を問い、岸本弘一常務取締役編集局長をけん責、運動部長を減給とけん責の処分とし、中国新聞に謝罪した。記者は08年1月以降、プロ野球に関する記事7本を中国新聞から盗用していた。

《裁判員裁判》全国初の裁判員裁判が8月3日から、東京都足立区の女性刺殺事件をめぐって東京地裁で開かれ、6日には懲役15年の判決(求刑懲役16年)が言い渡された。判決後、裁判員を務めた6人全員と補充裁判員だった1人が地裁内で会見した。

これに先立ち、東京の司法記者クラブ(新聞・通信・放送15社)では、裁判員裁判の判決後に行う裁判員経験者の記者会見の実施方法について東京地裁と協議。裁判員の会見出席要請は記者クラブが地裁を通じて行う、裁判員の承諾が得られれば氏名の公表などに応じるかどうかも確認する―などの諸点で合意した。以降、各地で裁判員裁判後の記者会見が開かれたが、新聞側の取材姿勢が問われるような事態はなかった。むしろ、地裁職員が裁判員経験者の発言を制止したり、報道を自粛するよう求めたりする問題が全国で10件以上発生した。

知る権利か信頼関係か

《オフレコ発言》西松建設による巨額の違法献金で民主党・小沢一郎代表(当時)の公設第一秘書が逮捕された事件の捜査をめぐり、漆間巌官房副長官が3月、首相官邸での記者との定例のオフレコ懇談で自民党議員に波及する可能性を否定する発言を行ったとされる問題で、各社は当初、発言者を「政府高官」などと報道、一方で漆間氏にオフレコ解除を要請した。ところが、河村建夫官房長官がテレビ番組で発言者名を公表。形式上「解除」は成立しないまま、各社、実名に切り替えるという異例の展開となった。この問題では、読者の知る権利に重きを置くか、あくまでも取材源との信頼関係に重きを置くか、ジャーナリズムのモラルおよびルールに関する考え方の相違により、特に官房長官のテレビ発言以前の段階で、報道対応が分かれた。

《取材申し合わせ》集団的過熱取材に対処するための取材申し合わせは、09年中報告されていない。

《第三者機関》報道で名誉棄損やプライバシー侵害など人権侵害問題が起きた場合に、社の対応や解決手続きが適切だったかなどを検証する第三者委員会は、09年4月現在、新聞協会会員社中、40社41組織ある。(審査室)

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