個人情報保護法のヒアリングに対する意見書

2006年4月7日
社団法人日本新聞協会

 2005年4月に個人情報保護法が全面施行されて以来、個人情報の取り扱いをめぐる過剰反応が大きな問題となっている。

 同法の目的は、個人情報の有用性に配慮しつつ、いかに保護していくかのバランスを取ることにある。しかし、現状では、「個人情報は隠すべきだ」との誤解がまん延し、社会活動のあらゆる分野において、深刻な委縮現象や混乱が目立っている。

 教育現場では、緊急連絡網の名簿作成をやめたり、卒業アルバムの住所や電話番号の掲載をやめたりする学校が相次いでいる。医療現場では、事件・事故の被害者の容体を警察に教えなかったり、高齢者の介護にあたる施設職員に必要な情報を開示しなかったりする病院が増えている。警察が事件・事故の被害者を匿名で発表するケースも少なくない。

 匿名化は地域社会の結び付きも弱めている。自治体の中には、守秘義務のある民生委員にさえ、独り暮らしの高齢者や障害者の情報を提供しなくなったところがある。災害時に支援が必要な防災弱者を守るための自治会の名簿作りも難しくなっている。

 さらに問題なのは、法律の拡大解釈とも言える行政の情報非開示の動きである。従来は公表していた幹部の天下り先を伏せたり、不祥事を起こした職員の名前を公表しなかったり、幹部公務員の経歴を省略したりするケースが少なくない。当然公表すべき「公共の利害」に関する事項さえ、「個人情報の保護」を理由に情報の隠ぺいが進んでいる実態は、法律が想定した保護範囲を大きく逸脱するものと言わざるを得ない。行政の透明性確保を目的とした情報公開法の趣旨にも反するものである。

 こうした過剰反応や意図的とも思える行政の情報非開示は全国的な傾向であり、法施行に伴う「一時的な混乱」などとして看過できるものでは、決してない。個人情報とプライバシーを混同し、「個人情報を出すのは良くない」とする誤った考えも、早急に改める必要がある。

 個人情報を適切に管理し、保護することは当然のことだ。しかし、本来、国民が知るべき情報や、地域社会で共有すべき情報まで隠すことは許されない。

 匿名化の流れは「知る権利」を脅かし、「表現の自由」や健全な民主主義社会の根幹を揺るがしかねない。そのことに対し、私たちは強い危機感を抱き、深く憂慮している。

 個人情報保護法成立にあたっての閣議決定では、全面施行後3年をめどに見直しを検討することにしている。過剰反応や意図的な情報隠しが進む中、個人情報の有用性と保護のバランスに配慮した制度の見直しが急務と考える。

以上

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