「誘拐報道協定」解説

1976(昭和51)年7月6日
1979( 同 54)年11月8日
1982( 同 57)年5月7日
1984( 同 59)年4月19日
2000(平成12)年12月7日一部改定
第598回編集委員会

 日本新聞協会編集委員会は、さる1970(昭和45)年2月5日、誘拐報道の基準として「方針」ならびに「付記」を決定し、その後発生した誘拐事件の報道では、全国各社の全面的協力を得て、これが実践されてきた。しかし近年の誘拐事件は従来よりも広域化、長期化の傾向が顕著となり、また犯罪内容もまことに多様になってきている。
 1970年の付記によって誘拐報道協定の手続きが明確になったものの、以降の犯罪実態の変化が、事件によっては協定の運用面で若干の疑義を生ぜしめるようになった。このため、編集委員会では、警察庁とも協議したうえ82年5月、付記を実態に即して改め、協定の性格と手続きをより明確にするとともに、さらにその後の検討を経て、補足的な意味で、報道慣行等も考慮しながらこの解説をまとめた。
 今後の誘拐事件の報道に際しては、方針ならびに付記とともに、この解説を参考とされることを希望する。

「誘拐報道の取り扱い方針」の精神

 この方針の基本的な精神は、被害者の生命の安全を最優先に考慮するところにある。

 このためには、報道の自由を自制する措置もやむを得ないという判断に立って定められたものである。さる1960年、東京で発生した "雅樹ちゃん事件"では、当時は誘拐報道に関するなんらの基準もなかったため、第一報から各紙は激しい競争を展開し、犯人の要求、捜査状況などが逐一報道された。不幸にして雅樹ちゃんは殺害されたが、その後逮捕された犯人が「新聞の報道で非常に追いつめられた」と語ったことから、この報道は各社に深刻な反省を呼びおこした。

 問題は在京社会部長会を経て、新聞協会編集委員会に提起され、今後誘拐事件が発生した場合は、まず被害者の生命を第一に考えるべきであるという見地から、現在の誘拐報道基準の前身ともいうべき「方針」が決定された。

 しかし、この方針は対象を営利誘拐事件に限定したこと、報道上の取り扱いについては"捜査と報道側が話し合う" という原則を明らかにしただけで、具体的な手続き等は示していなかったため、その後誘拐事件が続発するにつれて解釈に混乱を生じてきた。

 このため編集委員会では、営利誘拐だけでなく、誘拐事件全般に適合する新たな報道基準を設ける必要を痛感し、小委員会を特設して慎重に検討の結果、70年2月5日現在の「誘拐報道の取り扱い方針」ならびに「付記」を決定したものである。

 この方針、付記は警察庁とも事前に十分な協議を行い、報道側と捜査側の了解を背景としているが、雅樹ちゃん事件の経験を生かし、少なくとも報道活動によって、被害者の生命に危険を招くような事態は防ぎたいという編集委員会の一致した合意によって生まれたものであることをとくに強調しておきたい。

 なお、誘拐事件では往々にして、発生当初単純な行方不明として報道されることがあるが、この場合も被害者の生命に危険が及ぶと判断されれば、既報の有無にかかわらず、すみやかにこの「方針」にそって対処することを要望したい。

"報道の自制"とはなにか

 誘拐報道の取り扱い方針には、「誘拐事件のうち報道されることによって被害者の生命に危険が及ぶおそれのあるものについては、報道機関は捜査当局からすみやかにその情報の提供を受け、事件の内容を検討のうえ、その結果によっては報道を自制する協定(仮協定)を結ぶ。ただし、これが単に捜査上の便宜から乱用され、あるいは報道統制とならぬよう厳に注意する」とある。この場合、"報道を自制する"ということは取材活動、報道活動を報道機関の自主協定によって抑制することだが、これを制限する方法、範囲等は必ずしも一律に決めがたい。事件の性格、経過等を判断し、被害者の生命の安全が守られる範囲で妥当な内容の協定を締結することがのぞましいが、この方針にそって、これまで結ばれてきた各地の協定内容をみると、そのほとんどは"いっさいの取材・報道活動をひかえる"という自制措置をとっている。

 これは取材・報道活動を部分的に制限することが実際にはなかなか困難でかえって現場の混乱を招くこと、また取材活動だけは認め報道面の扱いをひかえるというような措置は、人命保護というこの協定の目的からみて好ましくないという判断から出たものと思われる。したがって、"報道を自制する"という方針は、必ずしも取材・報道活動をいっさいひかえることを意味しないが、現実的には被害者の生命を守るためには、"いっさいひかえる"という最大限の自制措置がとられてきたのが実情であり、これが慣行化しているといってよい。ただし、事件の性格によって、いっさいひかえなくても被害者の生命保護の目的が十分に達せられると判断され、またこのための協定締結が技術的にも困難でないような場合は、それに適応した協定で対処することはさしつかえないと思われる。

"乱用、報道統制"への配慮

 方針の末尾に「捜査上の便宜から乱用され、あるいは報道統制とならぬよう厳に注意する」とあるのは、この方針が被害者の生命保護という本来の趣旨から逸脱し、拡大解釈されて運用されることを防止するためである。

 報道機関は捜査当局から誘拐事件発生の通報を受け、協定締結を申し入れられても、報道側独自の立場で、報道活動を行った場合に被害者の生命に危険が及ぶかどうかを改めて検討し、その結果にもとづいて協定締結の手続きに進むべきである。

 また捜査当局は協定締結の申し入れに際しては、その根拠を明確に示し、報道側の判断材料となる十分な情報を提供すべきである。

"協定" "仮協定"の考え方

 報道協定は記者クラブ段階の合意ではなく、クラブ加盟全社が各本社編集幹部の了解を得てはじめて締結する各社間の協定であるというのが協定行為に対する編集委員会の一貫した方針だが、誘拐報道協定についてもこの方針に変わりはない。

 したがって捜査当局から協定締結の申し入れがあっても、当該記者クラブ加盟社のうち、被害者の生命に危険がないとの確信から反対する社があれば協定は成立しないこともあり得る。この場合、対象となる誘拐事件の扱いはそれぞれの社の判断と責任において対処すべき問題であろう。また、この誘拐報道の方針では"仮協定"というきわめて特殊な考え方が導入されている。これは人命を守るというこの方針の精神から生まれた緊急措置で、編集委員会としても、誘拐事件にかぎって例外的に認めたものである。

 "仮協定"とは捜査当局から協定締結の申し入れがあった場合、まず記者クラブの段階でとりあえずいっさいの取材・報道活動をひかえる措置である。この仮協定が結ばれている間に、当該記者クラブ加盟社は、それぞれ各本社の判断を求め、全社の同意があれば各社間の本協定に移行するが、本協定が結ばれるまでには各本社の判断、協定内容の検討等を含めて若干の時間を要する。無協定状態であった場合は、この間に情報が流れ被害者の生命に危険を及ぼすおそれもあるところから、"仮協定"という措置でこれを防いだものである。編集委員会としては、仮協定は出先だけの緊急協定であるという性格からも、この締結時間はできるだけ短くし、二時間ないし三時間で必要な手続きを完了し、本協定締結の可否を決定するのがのぞましいと考える。仮協定のまま数日間を経過した事例もあったが、こうした事態は好ましくない。捜査当局が記者クラブに対して"仮協定"の締結を求めた例もあるが、仮協定はあくまで報道側の緊急措置であるから、捜査当局からこれを申し入れるというのは"仮協定"に対する理解を欠いたものである。捜査当局として記者クラブに申し入れるのは"協定"そのものであって"仮協定"ではない。

本協定の内容

 本協定が成立した場合(あるいは不成立の場合)、"仮協定"は自動的に解除されるが、本協定に含まれる内容は、<1>取材・報道活動を自制する範囲、<2>協定期間中の発表に関する事項、<3>協定解除に関する事項、などを骨子とすることが妥当であろう。取材・報道活動の自制については、前記のように"いっさいひかえる" とすることが一応慣行化しているが、当該誘拐事件の性格や経過によっては、状況に適した制限方法もあってさしつかえはないものと思われる。ただし、この場合も被害者の生命保護という協定の基本精神は貫かなければならない。

誘拐事件はその犯罪態様がきわめて多岐であるだけに、協定締結に際しては記者クラブにおいて十分に検討を加え、事件の性格に適合した必要事項を協定内容に記述することがのぞましい。

協定期間中の発表について

 協定が結ばれている期間中、捜査当局は捜査状況を詳しく報道側に発表することになっているが、これは誘拐報道に関する方針のなかで、最も重要な点である。

 報道機関は、被害者の生命の安全をはかるため、捜査当局に協力して本来は自由であるべき取材・報道活動を自制するのであるから、この間の捜査状況が詳細に発表されなければ、この報道協定は成り立たない。

 この点は、誘拐報道の方針が決定された当時、編集委員会代表幹事と警察庁長官との間で厳重に確認されているところだが、その後に結ばれた各地の報道協定の状況をみると、必ずしも発表が十分でなかったという事例も当委員会に報告されている。

 協定締結に際して報道側は、とくに発表については警察当局と十分な打ち合わせを行い、双方の完全な了解のもとに協定の円滑な実施をはかることがのぞましい。

協定期間中の取材について
  1. 協定申し入れにかかわる会見においては、撮影および録音はせず、その後の会見から撮影および録音を開始する。撮影を行うのは、会見文書の読み上げなど冒頭の警察側の発表部分のみとし、一問一答に移った段階で中止する。録音はその後も続けることができるが、あくまでも記録用であり、それ以外に使用しない。(ラジオについても右記に準じる)
  2. 人命尊重を第一義とする報道協定の趣旨に照らし、会見場のある警察施設に報道関係者が参集するに当たっては、外形上目立たなくすることに最大限配慮する。
    1. 会見場および会見場のある施設への参集は、各社の必要最小限の人数とする。
    2. 会見場のある施設に赴く際は、外形上、報道関係車両と分かるものを使用しない。会見場のある施設およびその付近には車両を待機させない。また、車両の駐車場所については、各都道府県警察とあらかじめ協議して定めておく。
    3. 会見場のある施設で使用する撮影・中継用資機材の搬入に当たっては、分解し、外形上、目立たないようにする。
      使用する中継機材は小型の可搬型のみとし、中継車は持ち込まない。
    4. 会見場に入室する際には身分証明書を提示し、会見場内においては報道機関名の分かるものを着装する

協定の解除

 協定の解除は「付記」3.(1)~(3)に明記してあるとおりである。報道活動を行っても被害者の生命に危険がないと判断された場合は、当然協定が解除される。生命に危険がないと判断されるのは、<1>被害者が安全に保護されたとき、<2>不幸にして被害者の死亡が確認されたとき、<3>犯人のすべてが逮捕されたとき、などと考えられる。

 解除の判断は、警察本部責任者と記者クラブ幹事が協議のうえで行うことになっており、警察当局の判断のみによるのではない。また、解除の時期については、誘拐報道協定が各社間の協定である以上、報道側が主体的に決定するのは当然である。被害者の生命に危険がないと明確に判断されれば、すみやかに協定を解除し、事件を報道するのが報道機関の使命であろう。

 事件が未解決のまま長期にわたる場合は、当初の協定の扱いについて、報道側、警察側双方で必要に応じ、随時協議するのも付記に示されているとおりである。どの程度の期間を "長期"とみなすのかどうかは事件によって幅があろうが、協定によって報道活動をひかえる時期的な限界は、その事件の経過をみながら適当な判断を下すべきであろう。

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