取材を振り返る〖寄稿〗

新手法の調査報道へ挑戦【寄稿】

「NHKスペシャル『緊迫ミャンマー 市民たちのデジタル・レジスタンス』」受賞報告

NHK・善家賢氏

「インターネット時代、そして、ウィズコロナの時代に、テレビジャーナリズムに何ができるのか?」
私たちが今回、新聞協会賞をいただくまでには、制作現場でのさまざまな試行錯誤がありました。

リモート制作の可能性を意識

善家氏(NHK提供)

今回の番組の制作統括を務めた私はこの3年余り、主に国際情勢を対象としたクローズアップ現代+やNHKスペシャルを制作してきました。しかし、昨年から、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大によって、記者やディレクターを現地に派遣できないという困難な状況に直面していました。取材者が現地に赴き、自分の足で歩き、主人公に密着して番組を制作するというドキュメンタリーとして当たり前のプロセスが成立しづらくなっていたのです。
とはいえ、世界は激しく動いているため、現地に行かずにどう番組を制作するかを考えなければなりません。
そうした中で、ひとつのターニングポイントになったのが、昨年10月に放送したNHKスペシャル「香港 激動の記録~市民と“自由”の行方」です。昨年6月末、反政府的な動きを取り締まる国家安全維持法が施行された香港を舞台に、揺れる市民たちの選択を描いたドキュメンタリーで、ギャラクシー賞の年間の選奨にも選ばれました。
この番組の企画が立ち上がった時も、自由を求める市民たちの抗議活動が、一部過激化して治安が悪化していたことに加え、コロナの感染も拡大し、現地での直接取材が難しい状況でした。
そこで、私たち取材班は議論を重ねた結果、取材対象となる市民たちにスマートフォンで動画を“自撮り”してもらうことにしました。最初は当然、現場の誰もが成功するのかどうか半信半疑でしたが、ディレクターたちが根気よくシーンの撮り方などを説明し続けるうちに、徐々に彼らのリアルな日常を映し出してくれるようになっていきました。
そして、最終的には、取材者が介在するより、
自然でプライベートな映像が送られてくるようになったのです。
もちろん、自撮りだけで49分はもちませんので、現地支局や、リサーチャーの助けを借りて、番組は完成しました。
この時、私たちは、リモートで制作する“デジタル時代のドキュメンタリー”の可能性を強く意識するようになりました。

OSINTと人材育成

続いて、大きな転機となったのが、その2か月後に放送したNHKスペシャル「謎の感染拡大~新型ウイルスの起源を追う~」でした。
これは、タイトル通り、新型コロナウイルスが、いつ、どこで発生し、どのように広がったのかを調査報道するという番組ですが、この時もやはり、コロナ禍で現地取材に行けないという状況が続きました。
そこで、番組を共に統括する中村直文チーフプロデューサー(以下、CP)や、ディレクターらと議論し注目したのが、世界的なジャーナリズムの新たな潮流となっている「OSINT=Open Source Intelligence」でした。
私たちは、世界各地の研究者と手を組み、研究論文や中国当局の公式発表、位置情報などのデータや衛星写真など、あらゆるオープンソースを世界中からかき集め、これまで“定説”とされてきた時期よりも数か月早くヒトへの感染が始まった可能性を浮かび上がらせました。
この番組も海外総支局の記者や、現地のリサーチャーによる取材に助けられましたが、東京の制作現場では、資料集めはほとんどインターネット経由、主要な証言インタビューはズームなどを使ったリモートで成立させた調査報道でした。
これがNHKスペシャルとして初めて本格的にOSINTに挑戦した番組となったわけですが、この時痛感したのは、OSINTの手法を駆使するためには、高度な専門知識をもった記者やディレクターが必要となるという点でした。しかも、ネットやSNS上の膨大なデータの中から必要な情報を探し当て、さらに、その真偽も検証するためには、どうしても人海戦術が必要となります。
そこで私たちは、そうした技術を使える人材を育成する試みを始めました。
自ら手を挙げた10人程度のディレクターは、世界的に有名な調査集団「ベリングキャット」などの研修を受け、オープンソースを活用したデジタル調査報道の手法を学びました。その後、今度は、彼らが教師役となって、他の記者やディレクターたちに勉強会を行うなど、とにかく人材育成に力を入れました。

デジタル上で循環する番組目指す

軍への抗議活動中に銃弾に倒れたエンジェルさん
=2021年4月4日放送(NHK提供)
エンジェルさんの死についてOSINTで検証
=2021年4月4日放送(NHK提供)

こうした経緯を経てたどり着いたのが今回のミャンマーシリーズだったのです。
2月に突如起きた軍によるクーデター。抵抗する市民に対して軍が弾圧を続け、死者が増え続ける中、国際社会も有効な手が打てない日々が続いていました。
日本の公共メディアとして、どのような番組を制作するべきなのか?
私たちは「ミャンマープロジェクト」と名付けたチームを結成。中村CPと私、松島剛太CP、国際部の鴨志田郷デスク、アジア総局の太勇次郎総局長ら特派員のメンバー、そして、7人のディレクターらとで何度も議論を重ねた結果、番組を通して二つのことに挑戦することを決めました。
ひとつめは、ネット時代における「オールドメディア」の役割を示し、果たしたいというものです。それはどういうことでしょうか?
番組の立ち上げ当初、私たちは、ミャンマー軍がメディア規制を強め、厳しい情報統制を敷く中「弾圧の実態をどのように記録し、世界や日本の視聴者に伝えられるのか」、苦心していました。
このとき注目したのが、インターネットやSNS上に投稿されていた無数の動画や写真です。どれも軍による苛烈な弾圧の実態が映し出されており、現地の市民たちは「この惨状を国際社会に知ってほしい」との思いから、決死の覚悟で撮影・発信したものばかりでした。
いわば、デジタル技術を駆使して軍の非道を告発するという新たな抵抗の形=“デジタル・レジスタンス”が展開されていることを知ったのです。

軍の弾圧の実態を国際社会に訴えるウイン・チョウ夫妻
=2021年8月22日(NHK提供)

こうした貴重な告発をネット上だけで埋もれさせてはいけないと考えた私たちは、それらの動画や写真の真偽を検証し始めました。
撮影した人物、日時や場所などを徹底的に調べ上げ、「フェイク」ではないと確信できたものだけ、番組で記録しようと考えたのです。それが、ネット時代の「オールドメディア」の役割だと考えたためです。
もうひとつは、それらの動画や写真を使って、OSINTを駆使した調査報道をさらに発展させたいということでした。
私たちは、国際的な人権団体や、軍事専門家らとも手を組み、軍が殺害を否定していた19歳の女性、エンジェルさんの死について多角的に検証し、軍が殺害した可能性を立証するに至りました。
番組の放送後、視聴者の方々からは、この新たな調査報道に対して「NHKの本気度を感じた」という意見などをはじめ、大きな反響をいただき、ギャラクシー賞の4月度の月間賞もいただきました。
こうした反響の中、私たちは、アジアの一員である日本の公共メディアがミャンマー情勢を伝え続ける姿勢を示すことが重要だと考えるに至り、一過性の放送で終わらせない「新しい仕掛けを作ろう」と考えました。
この時に浮かんだのが、ミャンマー市民や、日本など海外に住むミャンマー人などに、情報提供や動画・写真の投稿を呼びかけるという発想でした。
この取り組みなどによって、およそ100本の動画と200枚の写真を収集することができ、ウェブサイトを立ち上げてアーカイブ化していきました。
そして、それらの動画や写真を利用する形で再び制作した番組が、第二弾の「混迷ミャンマー 軍弾圧の闇に迫る」だったのです。
この番組では、一度の弾圧では最大となる80人以上が死亡したというバゴーでの弾圧の実態に迫りましたが、OSINTの材料として、これらの動画などが非常に役に立ったのです。
この手法がうまくいけば、さらに第三弾へとつなげていけるのではないかと考えています。いわば、「デジタル上で循環する番組」です。
また、このミャンマーシリーズやウェブサイトの情報を、世界の人権団体や他のメディアが利用して、その先を調べたり、報じたりするという新たな展開もあるのではないかと考えています。
実際、今回の2本の番組はともに英語版も作成して放送。海外の視聴者やメディアなどからも大きな反響をいただいています。ある国際機関などからは、「番組に加え、ウェブサイトも高く評価しており、何か協力して一緒にできないか」という問い合わせもいただいています。

真偽検証抜きでは成立しない手法

さて、ここまで主にOSINTを駆使したテレビジャーナリズムへの挑戦について書きましたが、最後に、この手法が持つ危うさにも触れたいと思います。
それは、現地取材で直接対象と向き合う場合と違って、ネットやSNS上に投稿された動画や写真、資料などは、その真偽が不確かな場合が多い点です。「フェイクニュース」が氾濫する時代に、どのような意図で発信されたのか?捏造されたものではないか?という懸念は尽きません。そのため、できる限り当事者や関係者の証言をとるなど、ファクトチェックを行い、その検証に耐えたものだけを使用する。いわば「真偽を確かめる力」なしには成立しない手法だと感じています。
内戦や紛争はもちろん、コロナ禍で海外での取材が制限されるケースが増える中、デジタルを駆使した番組制作はより力を発揮すると考えています。
今回の受賞によって、私たちは新たなテレビジャーナリズムの可能性に挑戦し続けると同時に、今後もミャンマー情勢を伝え続ける決意を改めて固めています。

<筆者プロフィール>

NHK
NHKスペシャル ミャンマープロジェクト
(代表)放送総局大型企画開発センターチーフプロデューサー

善家賢(ぜんけ・まさる)氏

(2021年11月10日)