報道に込めた思いを紹介
ニュースパーク(新聞博物館)は12月11、18の両日、2021年度新聞協会賞の受賞記者による講演会を開きました。7人の記者が取材の経緯や狙い、記事や番組に込めた思いなどを語りました。新型コロナウイルス禍での取材の工夫や新聞社ならではの地道な取材の大切さ、地元に貢献しようとする地方紙の姿勢などについても紹介しました。
11日には、ニュース部門を受賞した中日新聞社・酒井和人氏と西日本新聞社・竹次稔氏、写真・映像部門を受賞した毎日新聞東京本社・貝塚太一氏、企画部門を受賞した高知新聞社・池一宏氏が登壇しました。
読者の声と向き合う
愛知県知事のリコール署名が組織的に大量偽造されていた事実を暴いた中日新聞社と西日本新聞社の特報には、地方紙など29媒体が連携し、読者の疑問に応える「オンデマンド調査報道(JOD)」の取り組みが寄与しました。西日本新聞社の竹次氏は、JODに取り組む背景には、新聞離れが進むと言われる中で「読者が新聞から離れたのではなく、新聞が読者から離れたのではないか」との問題意識があると話しました。署名を偽造するアルバイトに携わったとの一報を寄せた男性が、情報を寄せる窓口がなければ「誰にも相手にされず埋もれてしまっていたかもしれない」と振り返っていることなどを紹介。読者の声と向き合い、これまで以上に信頼されることを目指していると述べました。中日新聞社の酒井氏は西日本新聞社から共有された情報を端緒に、地域に密着し取材を重ねてきた記者が関係者から証言を引き出したと紹介しました。
法規制の有効性 今後も注視
高知新聞社は、高値で取引され「白いダイヤ」とも呼ばれるシラスウナギの密漁や闇取引について連載で報じました。池氏は行政が密漁や裏取引の横行を放置していた実態は、足かけ5年の取材を通じて浮かび上がってきたと紹介しました。計39回の連載を「採捕」「流通」「規制」の3部構成で展開。シラス漁の全体像を描くため、漁や取引に関わる人々を何度も訪ね、人間関係を築くことで証言を引き出したと振り返りました。
水産資源の枯渇が懸念される中、水産庁は2019年に漁業法を改正し、23年にはシラスウナギの密漁の罰金の上限額を引き上げます。池氏は、規制の有効性や法改正後のシラス取引業者の動向を今後も注視すると語りました。高知で採れたシラスは、国内だけでなく台湾や香港にも流れ、高値で取引されていると説明。新型コロナウイルスの感染拡大が収束した後に台湾や香港を訪れ、密輸ルートについて取材したいと述べました。
18日には、ニュース部門を受賞した朝日新聞東京本社・峯村健司氏、企画部門を受賞したNHKの善家賢氏、河北新報社の今里直樹氏が登壇しました。

情報源の保護が最優先
朝日新聞東京本社の峯村氏は、報道機関が独自の調査で問題を発掘する「調査報道」について、記事に一つでも誤りがあれば説得力がなくなる「リスクの高い手法」だと紹介。正確な発信を肝に銘じていると話しました。
無料通信アプリを運営する「LINE(ライン)」が利用者に十分に説明しないまま、中国の関連会社から個人情報を閲覧できる状態にしていたことなどを明らかにした特報は、民間企業を対象とした点が従来の調査報道と異なると説明。インターネット上の情報を調べるなど「地味なやり方」で千数百枚の資料を収集したと振り返りました。
携帯電話が盗聴される恐れなど、仕事に伴う「危険」についても語りました。取材で最も大事にしているのは「情報源を守ること」だと説明。情報源への危害が及ばないための配慮に、特報記事を出すこと以上に注力していると述べました。
テレビ報道の将来見据える
NHKは2021年2月にミャンマーで起きた軍事クーデターに対し、SNSを使って抵抗する市民の姿や、軍による情報統制の実態を伝える番組を放送しました。市民が弾圧の様子を撮影しSNSで発信した写真や動画を検証、解析。現地取材が難しい中、遠隔で番組を制作しました。善家氏は番組作りの背景に「若者らのテレビ離れが進んでいる。新しいことに取り組まなければならないという危機感があった」と明かしました。
番組制作後も、市民から提供された動画の発信をウェブサイトで続けていると紹介しました。「放送を一過性で終わらせない」ための手立てとして、サイトに新たに寄せられた動画を基に調査を実施し、次の番組作りにつなげることなどを挙げました。
ネット上の動画や画像といった公開情報を活用した調査は対面での取材に比べ真偽検証が難しいと説明。従来の取材以上に、真偽を見極める記者の力が求められると強調しました。
「復興」を問い直す
河北新報社の今里氏は、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の発生から10年の節目に展開した検証報道について「被災地と被災者の現在を踏まえた『復興とは何だったのか』という問い掛けが原点だった」と振り返りました。多くの被災自治体で「復興の検証や総括がなおざりになっている」とし、復興のこれまでの歩みと今後を検証することが地元メディアの役割であり使命だと語りました。被災地に立つ新聞社として、震災の教訓を「広く、長く伝えなければならない」と強調。災害列島と言われる日本で「あらゆる命と地域を守りたい」との思いで取り組んでいると話しました。
発生10年の報道を通じ、最も記者を投入したのは遺族・行方不明者の家族に対するアンケートだとし、多くの若手記者が取材を担ったと振り返りました。「遺族取材は震災報道の原点だ」と説明。今後も報じ続けると述べました。
(2022年1月26日)