取材を振り返る〖寄稿〗

就学不明児の実態を明らかに【寄稿】

新聞協会賞「『にほんでいきる』 外国籍の子どもたちの学ぶ権利を問うキャンペーン報道」受賞報告

毎日新聞東京本社・奥山はるな氏

一人の子どもを思い浮かべてほしい。6歳になり、ちょうどランドセルを背負って小学校に行く年齢だ。それなのに親は就学の手続きをしない。あるいは入学しても欠席が続き、やがて学校に来なくなってしまう。
その子が日本人であれば、居場所が分からず虐待も疑われる「居所不明児」として、自治体の担当課や教育委員会、学校が連携して安否確認に乗り出す。ところが外国人の子どもとなると、話は変わってくる。

調査対象から除外される外国人

奥山氏(毎日新聞東京本社提供)

「ああ、そういう子はいました。いつだっけな。特に記録はとってないんですけど」
「どうせ母国に帰るんじゃないですか」
これらは教育委員会の職員の言葉だ。2018年8月、外国人の子どもが多い全国100自治体を抽出し、就学状況を調べ始めると、素っ気ない返答が相次いだ。日本人と同じような就学確認を行っていたのは34自治体しかない。明らかに異なる対応が日常化していた。
なぜ、このような違いが生じるのか。その根拠は憲法第26条第2項「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ」にあるとされる。 文部科学省の解釈では、就学義務を課される対象はあくまで「国民」であり、外国籍は含まない。そのため、文科省が毎年行う学校基本調査の「不就学」の項目にも「外国人は、対象から除外する」とのただし書きがある。希望すれば就学は認められるが、就学が確認できないまま放置しても、法的な問題は生じないとされてきた。
私たちが調査した100自治体に住民登録されていた就学年齢(6~14歳)の外国籍児は、約7万7千人。うち7割強にあたる5万7千人は公立の小中学校に在籍し、約4千人が外国人学校やフリースクールに通っていた。
問題は、残り2割にあたる1万6千人だ。この就学しているか分からない子どもの存在を「就学不明」と呼ぶことにした。19年1月7日の朝刊で「就学不明1・6万人」と報じ、「にほんでいきる」のキャンペーンを始めた(画像)。

自治体任せの対策

実は、こうした子どもの存在は20年以上前から認識されてきた。1990年の入管難民法改正で、外国人労働者が暮らすようになった東海地方や北関東の工業都市では、学校に行かず、団地でたむろする少年少女の姿が目撃されていた。
2001年、外国人の多い自治体の首長らが設立した外国人集住都市会議は「不就学の子どもたちの存在は将来の地域社会にとって大きな問題」とし、就学促進と公立小中学校での日本語教育体制の拡充を政府に求めた。04年には日本経済団体連合会(経団連)も「不就学の状況は、中学、高校に進学するに従い高くなり、非行の温床ともなる」とする提言をまとめた。

日本語が理解できず中学校への通学をやめた中国籍の少年は、就学不明の果てに
犯罪に手を染め、少年院に入った。院内で初めて日本語を習い、
「将来は変わってくるはず」とかすかな希望を抱く
=2018年11月5日(毎日新聞社提供)

この年、私は大学の授業で「不就学」という言葉を知った。教授に連れられ、愛知県豊橋市を訪れるとブラジル人向けの「託児所」と称したアパートの一室に、十数人の乳幼児がいた。皆テレビにくぎ付けで、驚くほど静かだった。親は工場で夜勤や長時間労働に追われ、ここで朝昼晩の3食をとる子もいるという。
疲れ果てた親は、子の教育にまで目を向ける余裕がないだろう。子どもが日本語が分からず、学校で挫折しそうになっても、宿題を教えてやることもできない。就学義務がないため、学校側が退学を引き留める根拠も薄い。不就学の背景を垣間見た。
翌05年、文科省は不就学の実態調査に乗りだした。だが、調査対象は1県11市にとどまり、対策は自治体任せのままだった。私が毎日新聞に入社した08年以降、リーマン・ショックで外国人労働者が相次いで解雇され、学費を払えず不就学となる子どもが続出。政府の補助金を受けた民間団体による支援が各地で展開されたが、根本的な解決には至らなかった。

「終わった話」を問い直す

18年2月、政府の経済財政諮問会議で、安倍晋三首相(当時)は人手不足を理由に、さらなる外国人労働者の受け入れ検討を指示。「いわゆる移民政策はとらない」としながらも「高い専門性を有すると認められた者については、家族帯同を認めるなどの取り扱いを検討する」という方針が、19年4月施行の改正入管難民法に収れんしていった。

小学2年のクルド人の男児が書いた暗号のような文字。黒板に書かれた
日本語の意味も発音も理解しないまま、漫然とノートに記していた
=2018年11月30日(毎日新聞社提供)

新たに外国人労働者を受け入れるのであれば、今、日本にいる子どもの現状を見直すべきだろう。私はそう考えた。当時は社会部の遊軍担当で、自らテーマを探して取材することを求められていた。外国人の子どもの教育は、文科省、文化庁、外務省といった省庁を横断する課題であり、担当は定まっていない。遊軍担当ならではの仕事だとも思った。
とはいえ、長年放置され、すでに日常と化している課題を問い直すには、どうすれば良いのだろう。不就学ではなく、まだ報道されたことのない課題に絞って提案すると、当時の磯崎由美社会部長が「もっと多角的に報じるべき」と言い、取材班が結成された。メンバーは、文科省取材の長い篠原成行デスク、外国人が多くいる横浜・川崎支局での取材経験がある堀智行記者、そして私の3人だ。
不就学の焦点化について、私は及び腰だった。問題提起されてから20年以上がたち、ある意味「終わった話」と捉えていた。しかし、他のメンバーは違った。私が不就学について、全国的な実態把握がなされていないと説明すると、篠原デスクは「こういう子を放置しているのはおかしい」と断言し、堀記者がうなずいた。「とにかく数字がないと始まらない」。こうして100自治体の調査が始まった。
数字の把握と同時に、不就学の子どもを追う取材に取りかかった。行政ですら接触が難しく「見えない子ども」と言われてきた存在だ。100自治体への取材に加え、各地の日本語教室や支援団体を回り、地方都市での聞き込みを繰り返した。「学校に行っていない子はいますか?」。同じ質問を数百回して、やっと数人の姿が浮かび上がった。
小学校に入って間もなく休みがちになり、夏休みに遺体となって発見された6歳の女児は、母親にも不就学のまま放置された過去があった。学校で日本語を教えてもらえず不登校になり、外国人の仲間とつるんで犯罪に手を染めた少年は、少年院で初めて学びの場を得られ、ベストセラー小説『君たちはどう生きるか』を読み込んでいた。15歳未満なのに工場で働いていたことが発覚するのを恐れ、口を閉ざした子もいた。
一方で、自宅アパートにこもっていた8歳の女児の初登校に立ち会えた感動は忘れられない。教室に入ると、周囲の視線を避けるようにうつむいたが、スタッフが声をかけ続けると、次第に表情が明るくなった。家にこもっていたため体力がなく、ランドセルの重さによろけてしまったが、日ごとに足取りがしっかりしていった。家では両親や兄も日本語を学び始め、アパートに「おはよう」とあいさつが響くようになった。子どもの教育は、家族が社会につながる窓口でもあると実感した。

20年間動かなかった課題が1年で

キャンペーンを始めたのは19年1月。改正入管難民法の施行を3か月後に控えたタイミングでもあり、あっという間に事態が展開していった。「就学不明1・6万人」の数字は国会で取り上げられ、文科省は「就学不明児の実態把握について具体的な検討を始めた」と明らかにした。同3月、文科省は全国調査を行う方針を固め、半年後に2万2千人の子が就学不明となっていると判明した。同6月、日本語教育を「国と自治体の責務」と定めた日本語教育推進法が成立したことも、キャンペーンの追い風となった。

ボランティアから日本語を教えてもらうフィリピン出身の3きょうだい。
外国籍の子どもへの日本語教育は、多くの学校で十分に行われていない
=2019年3月19日 (毎日新聞社提供)

「20年間動かなかった課題が、この1年で動いた」。この問題に携わってきた研究者に、そう声をかけられた。
就学不明の問題に続けて、三つのテーマを報じた。情報公開請求などを使い、「日本語指導が受けられない『無支援』の子ども1万人」「特別支援学級の在籍率が日本人の2倍」「15歳以上の未成年の7・7%が不就学・不就労」という事実を掘り起こした。
学校に日本語教育の体制がないため孤立し、時には発達に遅れがあると見なされて特別支援学級に入れられる。中学を卒業しても履歴書すら書けず、就職もできない。そうした子どもたちの存在を数字で裏付けた。
「私たちの話を聞いてくれて、ありがとう」。取材した子の親から、丁重にお礼を言われたことがある。言葉の壁から、彼らが直接声をあげるのは難しく、日本での選挙権がないため、権利を顧みられる機会に乏しい。記者が足を運び、通訳などを介して聞いていかなければ、伝えられない声があると気づいた。
50本以上発信した記事のうち、大半は英文毎日室が英訳。中国や台湾、ブラジル、ペルーのメディアでも紹介され、反響が広がった。
ある地方都市の中学生らがつくった壁新聞にも励まされた。一連の記事の中から9本がスクラップされ、コメントが添えられていた。
「現在、日本では、日本語支援がなく困っている子ども達が1万人はいるとされています。日本に来てがんばろうとしているのに、ひどい現在だと思います。だから私は将来、こんな境遇にいる子がいなくなるように、様々な言語をみにつけ、だれもが『しあわせ』と思える社会をつくる一員になります」
今回の受賞は光栄だが、重たい課題が残されている。文科省の全国調査で明らかになった就学不明の2万2千人は、コロナ禍の今、どこで何をしているのだろう。静岡県が今年6月、県営団地などに住む外国人を対象に行った調査では、回答した317人のうち22%が失業、13%が「子どもが不就学になった」と答えた。08年のリーマン・ショックと同様、不況と不就学は密接に関係している。
今年6月、日本語教育推進法に基づいて政府が閣議決定した基本方針には、すべての外国人の子どもの就学機会の確保を目指し、取り組みを進めるという文言が盛り込まれた。就学義務はないが、外国籍の就学促進に法的な根拠が与えられた格好だ。理念の実現に向けた道のりは険しいが、少しずつでも現状を変えるために報道を続け、支援の輪を広げたい。

<筆者プロフィール>

奥山はるな(おくやま・はるな)氏

毎日新聞東京本社
人事部(前・編集編成局社会部)
「『にほんでいきる』 外国籍の子どもたちの学ぶ権利を問うキャンペーン報道」の取材班代表として、2020年度新聞協会賞を受賞。

(2020年11月6日)