取材を振り返る〖寄稿〗

粘り強くタブーに迫る【寄稿】

新聞協会賞「『戦没者遺骨の取り違え公表せず』の一連のスクープ」受賞報告

NHK・木村真也氏

2017年1月、ある関係者から、にわかには信じがたい話を耳にした。
「厚生労働省のタブーを知っているか。千鳥ヶ淵には日本人ではない遺骨が眠っている」。それは、厚労省の戦没者遺骨収集事業でずさんな収集が繰り返され、日本人の遺骨の取り違えが相次いでいることを示唆する内容だった。

「国の責務」位置付けた矢先に

木村氏(NHK提供)

第2次世界大戦で戦死した日本人の遺骨収集事業は1952年度から始まり、東京の千鳥ヶ淵戦没者墓苑には先の大戦で犠牲になったおよそ37万人の遺骨が納められている。
しかし国内外の戦地やシベリアなどに抑留されて無念の死を遂げたおよそ240万人のうち、いまも半数近い112万人の遺骨が残されたままになっている。政府は遺族の高齢化が進む中、2024年度までに遺骨収集を集中的に進める必要があるとして、遺骨収集を「国の責務」と明確に位置づけた法律を前年に成立させたばかりだった。
もし関係者の話が事実であれば、遺骨の帰還を待ちわびる遺族の思いを踏みにじる事態で見過ごすことはできない。しかし関係者は、厚労省がみずから取り違えの事実を明らかにすることは「決してない」という。そしてこの問題は、厚労省が決して開けたくない「パンドラの箱」だと表現した。私は底知れぬ闇を感じつつ、以前から苦楽をともにしてきた仲間と取材班を結成。遺骨収集に関するあらゆる資料をかき集めることから取材を始めた。

事なかれ主義に終始する厚労省

資料を読み進める中で、不誠実とも言える厚労省の対応に疑問が膨らんだ。その一つは遺骨が日本人かどうかを判断する鑑定方法。例えば米国では最新の鑑定技術を持つ専門機関が遺骨の捜索や身元の特定を担い、戦没者の遺骨を家族の元に戻すことを「国是」としている。しかし日本では、DNA鑑定など人種を判断する科学技術が飛躍的に進歩しているにもかかわらず、現地で骨の形を見て判断する従来通りの方法を続けていた。
また、遺骨の身元を確認するDNA鑑定は、原則として「歯」が見つかった場合に限られ、ほとんどの遺骨は現地で焼かれ、身元不明のまま日本に戻されていた。焼骨してしまえば、DNAが抽出できなくなり、身元特定が極めて難しくなる。やっとの思いで探し出した遺骨を目の前で焼かれ、涙に暮れる遺族が多いことも知った。

DNA鑑定人会議の議事録と千鳥ケ淵戦没者墓苑のコラージュ画面
=「NHK NEWS WEB」に2019年11月11日掲載
(NHK提供)

こうした中、私たちが最初に注目したのが、10年に発覚したフィリピンでの遺骨収集をめぐる疑惑だった。フィリピンでは、厚労省が09年度から日本のNPO法人に事業を委託後、収集される遺骨の数が激増。しかし翌年、フィリピン人の遺骨が混入している疑いが指摘され、事業は一時中断した。収集事業で遺骨を鑑定していたのは現地の博物館の学芸員。現地住民の証言だけで日本人の遺骨かどうか判断するという、ずさんな実態も明らかになっていた。
しかし厚労省が11年10月に公表した検証報告書を読むと、首をかしげざるを得ない内容になっていた。1人の専門家によるDNAの鑑定結果をもとに「NPOが収集した遺骨の中にはフィリピン人とみられるものが混入していたが、日本人とみられる遺骨も含まれていた」と説明。しかし、すでに日本に帰還している遺骨については、現地で学芸員の鑑定が行われていることを理由に「フィリピン人のものが混入している事実は認められない」としていた。つまり「現地で収集した遺骨には怪しいものが混じっていたが、日本に戻した遺骨はすべて問題がない」という玉虫色の説明に終始していたのだ。
厚労省の説明を覆す材料はないか。私たちはさまざまな関係者への取材を続ける中で、遺骨のDNA鑑定は、厚労省が1人の専門家だけではなく、現地の遺骨を三つに分けて、3人の専門家に委託していたことを突き止めた。そして18年8月16日、残りの2人の専門家が「日本人のものとみられる遺骨は一つもなかった」とする鑑定結果をまとめていたにもかかわらず、厚労省が6年以上も公表していなかったことを特報した。
「日本人の遺骨は一つもない」という事実。遺骨の取り違えを隠すため、不都合な鑑定結果を隠していたのではないか。しかし厚労省は、にわかに納得しがたい説明を繰り返した。「未公表の2人の鑑定結果は報告書の内容を覆すようなものではなく、隠したわけではない」と説明。そして「すでに日本に帰還した遺骨については混入の事実は認められない」と従来どおりの説明を続け、何事もなかったようにフィリピンでの収集事業を再開しようとしていた。

突き止めた長年にわたる取り違え

このまま終わるわけにはいかない。18年9月、この問題を長く取材してきたディレクターと連携し新たに取材班を結成。ドキュメンタリー番組でずさんな遺骨収集の実態を多角的に伝えるべく、あらゆる関係者への取材を加速させた。
すると、厚労省の姿勢に疑問を持つ複数の関係者が重い口を開き始めた。「取り違えはフィリピン以外にも起きているのに厚労省は隠している」。次々にこう証言したのだ。
そしてこの問題の鍵を握る、ある会議の存在も突き止めた。戦没者の遺骨の身元を特定するため、厚労省が03年度から始めた非公開の「DNA鑑定人会議」。この会議の場で“取り違えの疑い”がたびたび指摘されているという証言を得た。
私たちは各地をかけずり回り、ついに非公開会議の議事録の一部を入手。そこには18年8月に開かれた会議で、厚労省が収集した16人分の遺骨について、専門家が「すべて日本人ではない」という鑑定結果を示していた事実が記されていた。
16人分の遺骨は、フィリピンのケースとは違って、すでに現地で焼かれ日本に戻してしまっている。しかし、厚労省はこうした事実を一切、公表していなかった。私たちはシベリアの原野を600キロ走破し、問題の収集現場が東シベリア・ザバイカル地方のボルジガンタイ村だったことを突き止めた。
そして19年7月29日、現地住民の証言やシベリア抑留者への取材も交え「ニュース7」で報道。8月5日には、さらに1年半以上前の会議でも、シベリアの別の埋葬地で収集した70人分の遺骨について、取り違えの疑いが指摘されていたことを立て続けに報じた。同日に放送したドキュメンタリー番組「戦没者は二度死ぬ~遺骨と戦争」では、集団自決で亡くなった妹らの遺骨を探して北マリアナ諸島のテニアン島に通い続ける男性の心情に向き合うとともに、シベリアだけではなく南方の戦地でもずさんな鑑定が行われている実態を伝え、国が果たすべき責務を問いかけた。
しかし、厚労省の姿勢は簡単には変わらなかった。報道後「内部検討の段階でロシア側と協議してから公表するつもりだった」と釈明。「スピード感が足りなかっただけ」などと事態をわい小化する説明を繰り返した。そして、厚労省の担当者からはこんな言葉をかけられるようになった。「NHKさん、まだこの問題取材するのですか。もうさすがに打ち止めですよね」と。

「NHKニュース7」2019年9月12日放送
(NHK提供)

しかし、取材を続ける中で、私たちには確信のようなものが芽生えていた。それは「取り違えは2回どころじゃ済まない」ということだ。そもそも、日本側の鑑定人がすべての収集現場に同行するようになったのは最近になってから。それまではロシア側から提供された埋葬資料などを頼りに遺骨を掘り起こし、鑑定をせずに日本に持ち帰る、ずさんな収集がまかり通っていたからだ。
私たちはさらなる物証を求めて各地を駆けずり回り、数百ページに及ぶ非公開の「DNA鑑定人会議」の議事録を新たに入手。そこには、05年5月から19年3月にかけて開かれた会議で、複数の専門家が取り違えの疑いを15回にわたって再三指摘していた事実が記されていた。
もはや「スピード感の問題」では説明できない。取り違えの疑いが長年にわたって何度も指摘されていたのに公表せず、放置していたことは明らかだった。私たちは19年9月12日の「ニュース7」でこうした事実を再び報じた。
報道後、厚労省は対応を一変させた。翌日、加藤勝信・厚生労働大臣(当時)は「戦没者遺族に対する思いや配慮が本当に十分だったのかもう一度しっかり検証しなければならない」と述べ、これまでの対応の問題点について検証する考えを初めて示した。
9月19日には、シベリアで収集した597人分の遺骨について、日本人のものではない可能性があることを公表。このうち336人分の遺骨は千鳥ヶ淵戦没者墓苑に納められたままになっていることも明らかにした。「千鳥ヶ淵には日本人ではない遺骨が眠っている」。私たちの取材のきっかけとなった関係者の言葉が事実だったことを、厚労省はようやく認めた。そして、私たちが最初に注目したフィリピンの疑惑。厚労省は11年6月にフィリピンから持ち帰った遺骨の一部について、専門家が「絶対に日本人ではない」と断言し、強く公表を求めていたことも明かした。「日本に戻した遺骨はすべて問題がない」と、厚労省はこの時から嘘の説明をしていた。

「報道さえなければ……」

2019年9月下旬に厚生労働省の担当者が関係者に送っていたメール
(NHK提供)

厚労省はなぜ、不都合な事実を隠し続けてきたのだろうか。その本質を物語るメールを入手したのは19年9月下旬、日本の遺骨調査団の派遣がロシア側の意向で中止になった直後のことだ。その時、厚労省の担当者が関係者に送ったメールにはこう書かれていた。「NHKの報道さえなければ……」。19年12月、厚労省の調査チームが公表した報告書にも、取り違えの疑いを放置した理由について「遺骨収集のスピードアップが最大のタスク」「事業が止まってしまうという懸念を担当者が抱いていた」と記されていた。「遺骨収集を集中的に進める」という政府の旗印のもと、官僚たちが不都合な事実に口をつぐみ、「数ありき」のずさんな遺骨収集を続けていたのであれば、戦没者遺族の思いを踏みにじる本末転倒の行為だと言わざるを得ない。
厚労省は今年5月、遺骨の科学的鑑定を行うセンターを新たに設置するなど、これまでの遺骨収集や鑑定のあり方を抜本的に見直すことを公表。私たちの報道で行政が動き、再発防止策が示されることになった。遺骨を現地で焼いてから帰還させる方法も取りやめが決まり、これまでに収集された1万人分の遺骨について日本人のものかどうか再確認することになった。
不都合な事実を隠し、論点をはぐらかし、真実から国民の目を遠ざけようとする。こうした行政の対応は、今回の問題に限ったことではない。現場を駆けずり回って物証を探し、説明の矛盾を突き、続報を重ね続ける。こうしたジャーナリズムの基本を地道に繰り返さなければ、事態は動かないことを、今回の取材であらためて思い知らされた。隠された事実はないか。その説明に矛盾はないか。新聞協会賞の名に恥じぬよう、今後も取材を続けていきたい。

<筆者プロフィール>

木村真也(きむら・しんや)氏

NHK
報道局社会部副部長
「『戦没者遺骨の取り違え公表せず』の一連のスクープ」の取材班代表として、2020年度新聞協会賞を受賞。

(2020年11月6日)