取材を振り返る〖寄稿〗

掘り下げともに考える【寄稿】

新聞協会賞「教員間暴力のスクープと神戸の教育を巡る一連の報道」受賞報告

神戸新聞社・井上駿氏

なぜ、こんなに神戸市教育委員会で不祥事が相次いでいるのか。教員間暴力問題の発覚前から疑問を抱いていた。
「隠蔽体質」「事なかれ主義」と指摘される教育委員会の課題や体質を掘り下げ、分かりやすく読者に明示し、ともに今後の教育について考えてもらうこと。「激辛カレー」に始まったこの問題を報道するうえで取材班の立てた目標だった。
端緒をつかんだのは、ラグビーワールドカップ日本大会の取材で盛り上がっていた2019年10月1日の夕方だった。「電話がほしい」と神戸市の関係者からスマートフォンにメッセージが届いていた。

悪質な「暴行暴言」の発覚

井上氏(神戸新聞社提供)

「実態を暴いてほしいことがある。中堅教員が若手教員をいじめていた。若手教員は学校に来られなくなっている」。普段は穏やかな口調が珍しく怒りに震えていた。
激辛カレーを無理矢理食べさせる、下品な内容のメッセージを同僚の女性教員に送信させる、車を傷つける……。次々に告げられる稚拙な行為に、全身の力が抜けた。後に神戸新聞は一連の行為を、「いじめ」より一層悪質な「暴行暴言」と表現するようになる。
情報提供者は続けて言った。「市教委は問題をわい小化するかもしれない」
私は19年春まで報道部の教育担当を2年務めた。兵庫県と神戸市の教育行政や大学などを取材してきた。頭を悩ませたのは、相次ぐいじめ自殺だった(『新聞研究』17年8月号参照)。いじめ防止対策推進法の施行後、第三者委員会は県内4市町(神戸、加古川、宝塚市、多可町)に発足。加古川を除き、第三者委の調査に遺族は納得せず、全国的にも第三者委による調査は紛糾していた。
そして18年春、神戸市垂水区で起きた女子中学生の自死事案で、亡くなった女子中学生の友人が教員にいじめの実態を告発したメモを、神戸市教委の幹部が遺族に隠蔽する問題が発覚し、市教委の対応に批判が集まった。
この問題を受けて市教委が不祥事を撲滅し組織の風通しをよくするために立ち上げた有識者会議が報告書を提出したのは、まさに暴行暴言の端緒をつかんだ電話の前日だった。
一報の裏取り取材は後任の佐藤健介記者が担った。市教委は「近く公表する」の一点張りでなかなか認めなかったが、被害教員の担当弁護士が割れた。その後、佐藤記者が粘り強い取材で激辛カレーを食べさせられている画像や動画を関係者から入手している。今回の特報が世間の批判を集めたのは、やはり激辛カレーの動画の力が大きい。羽交い締めにされ、カレーを無理矢理口に含ませられ、走り回る被害教員。大雨で休校中の家庭科室で撮影されており、読者からは「何をやっているんだ」と怒りの声が上がった。電子版「神戸新聞NEXT」に掲載した動画の再生は12万回を超えた。

地域の一員として取材に努める

先輩教員に羽交い締めにされて
激辛カレーを食べさせられる被害教員
=関係者提供、画像の一部を加工しています
(神戸新聞社提供)

予想以上の反響の大きさだった。いじめ自殺が社会問題となる中で、「先生が先生をいじめる」という異様な構図が読者の心を激しく揺さぶった。市教委は10月9日、当時の校長を呼び寄せて会見を開き、説明に追われた。校長は「私の管理監督責任だ」とうなだれた。市教委は急きょ全学校園長を集めて説明会を開き、強いかん口令を敷いた。
ツイッターや匿名掲示板には加害教員の実名や写真、住所などの個人情報まで次々に掲載され、取材陣が押しかけて学校や地域は混乱した。加害教員の一人を「女帝」と呼び、4人のリーダー格とするような誤った情報も流布した。テレビでこの説を繰り返す市会議員も登場したが、市教委が設置した弁護士による調査委員会は明確に否定した。加害教員のフェイスブックの書き込みにも批判が集まったが、これも偽物だった。
沸騰する世論に文部科学省も動いた。発覚から11日後に副大臣と政務官が来神し、加害教員への厳正な処分を求めた。その後、毎年実施している教職員の人事行政状況調査に急きょ、教員間ハラスメントの実態調査を追加要請。18年度、全国で32人がパワハラで処分を受けていたことが分かった。
「たまたま、問題のある4人の教員が集まったから起きただけ。神戸新聞の報道は騒ぎすぎだ」。学校現場からそうした反応が聞こえてきた。強烈な加害行為は目を引く。しかし「なぜ、こんな事件が起こったのか」を突き詰めなければ、不祥事はやまないだろう。加害教員の「個人的な資質」に終わらせず、背景や土壌を深掘りすることに取材の力点を置くようにした。 心がけたのは、当たり前だが、徹底的に裏を取ること、そして学校現場に過度な負担を掛けないことだ。この学校に通う子どもたちや保護者、卒業生などの中には、神戸新聞の読者が多い。本社にもいる。地域の一員としての取材・報道に努めた。
取材班で市教委幹部や問題が起きた東須磨小学校の教員、元教員、保護者、被害・加害側の弁護士を分担したが、壁は厚かった。生きたのは、これまで各記者が培ってきた人間関係だった。地域版に学校の話題が載らない日は少ない。神戸新聞は毎週日曜日に「教育面」を掲載し、別刷り「子ども新聞 週刊まなびー」も発行している。日常的に学校現場に接しているからこそ、「神戸新聞には分かってほしい」と内情を話してくれる教員も多かった。
さらに、取材先の掘り起こしにつながったのが、LINEの公式アカウントを活用した「スクープラボ」だった。読者からの疑問に応える双方向型報道を目指して、昨年7月に導入したが、ここに多数の情報が寄せられた。同小保護者からの本質をついた証言、学校関係者からの具体的な情報提供などで、「私も」と被害を訴えた元教員もおり、紙面化につながった。 背景を探れば探るほど、多角的なテーマが浮かび上がった。教員の繁忙化、中堅が少なく、若手が多いいびつな年代構成……。現役教員の匿名座談会などを「先生はいま」というワッペンで展開。さらに、「私の考え」として、教育評論家の「尾木ママ」こと尾木直樹氏や思想家の内田樹氏、渡海紀三朗元文科相ら各界の13人に思いを語ってもらった。

長期連載の最中にコロナ禍

被害教員が所有する車の上に乗る先輩教員
=関係者提供、画像の一部を加工しています
(神戸新聞社提供)

市民が教育現場への不信感や疑問を募らせる中、膨大な取材メモから神戸の教育を解きほぐし、教育現場の実情を伝える長期連載「学校いま 未来」をスタートさせた。
今年2月3日から始めた第1部は、今回の問題をおさらいするとともに、教育委員会制度や分限処分、背景の一つとして指摘された神戸独自の人事異動ルール「神戸方式」などを解説した。市教委の懲戒処分発表を前に、第2部をスタート。調査委員会の報告書をベースに、ベテランの霍見真一郎記者が細部を肉付けし、ドキュメント風に事実を再現した。
国内で新型コロナウイルスの感染が広がった。第3部は、神戸の教育の歴史をまとめる予定だったが、異例の長期休校の現場を訪ね、学校の今を浮き彫りにした。併せて、「みんな、元気?」のタイトルで、小学校と中学校の教諭計20人が休校中の児童生徒に向けたメッセージを、顔写真入りで掲載した。本来は、教育改革の先進地を訪ねてヒントを探るつもりだったが、コロナ禍で断念せざるを得なかった。
第4部は、コロナを踏まえた学校教育の展望として、ICT教育や教員の資質向上、開かれた学校づくりなど普遍的なテーマに広げた。斉藤絵美記者と二人三脚で執筆した。
連載で取り上げられなかった神戸の教育史は、特別編として、上下2回(教育史と組織風土編、教育長らのインタビュー編)の特集にした。分厚い市史と格闘した後、元教育委員長や現役校長から信頼の厚い元校長会長、教育困難校の校長経験者らに話を聞いた。締めくくりは、校長会長やPTA役員、大学教授の3人に座談会形式で、神戸の教育のこれからを語ってもらった。

学校現場の「強さ」が弊害に

教員への暴行・暴言について会見する
神戸市立東須磨小の校長(左から3番目)と市教委担当者
=2019年10月9日、神戸市役所
(神戸新聞社提供)

一連の取材を通じて感じたのは、「学校現場の強さ」だった。政令市の教育委員会は、都道府県教委からも市長部局からも独立している。一方、小学校約160校、中学校約80校をはじめ、約300校園を所管し、指揮監督は行き届いていなかった。
強い現場で強調されたのは「子ども第一主義」。子どもたちのために一致団結して汗をかくことが美徳とされた。そうした姿勢は、戦後復興期にさかのぼる。貧困から学校に行けない子どもたちへの対応として、家庭に教師が出向いて勉強を教え、保護者と向き合う。コロナ禍で中断しているが、家庭訪問を重要な活動と位置づけているのは現在も変わらない特色だ。
前述の「神戸方式」は、校長同士で人事の素案を作るというものだ。教員が希望に添わない場合は拒否できるのだが、優秀な教員を率先して困難校へ赴任させる狙いがあった。高度経済成長期まで、困難校は校区に貧困地域を抱える学校に限られていたが、神戸市内でニュータウン開発が進んだ1980年代から「荒れ」は周辺校にも広がっていく。学校現場の「強さ」は、必要不可欠だった。
しかし、時代の流れの中で、この「強さ」の欠点が目立つようになっていった。児童生徒を最優先に考える一方、軽視されたのはコンプライアンスや透明性の意識だった。本当に子どもや学校のためになっているのかを問い直すことこそが、教育再生への道ではないか。
チーム学校、コミュニティ・スクール、働き方改革……。文部科学省が描くこれからの公教育は、学校を地域に開き、保護者や地域住民に役割を担ってもらうことに重きを置く。そのためには相互理解が欠かせない。教育に対する読者の関心は高いが、声は学校や教育委員会に届きにくい。学校や教委は「物言う」保護者を遠ざけがちで、学校や教委が抱える複雑な課題は外部に理解されにくい。
神戸新聞社の編集局には「もっと近く、もっと深く」の看板が掛かる。読者の興味関心に寄り添い、事実をより掘り下げようという私たちの目標だ。今後も読者とともに考え、現場の教員と悩みを共有しながら報道を続けたい。

<筆者プロフィール>

井上駿(いのうえ・しゅん)氏

神戸新聞社
編集局報道部
「教員間暴力のスクープと神戸の教育を巡る一連の報道」の取材班代表として、2020年度新聞協会賞を受賞。

(2020年11月6日)