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《日本記者クラブ・初の若手グループ討議》 被害者取材 誰もが葛藤 失敗談を共有財産に

 日本記者クラブは8月30、31日の両日、若手・中堅記者向け研修会をプレスセンターホールで開いた。「被害者取材―取材する立場・受ける立場」と題した初のグループ討議では、現場で失敗を重ねながら心掛けや作法を学ぶだけでは、取材で不快な思いをする被害者や遺族を減らせないとの指摘があった。成功体験も失敗談も共有する場が必要だとの声が上がった。性犯罪事件の取材に悩んだ体験や、被害者の実名を報じる意義について遺族に手紙を送り理解を得た例も報告された。

 30日のグループ討議は、ベテラン記者が各班に加わった。TBSテレビの西村匡史社会部司法クラブキャップが進行役を務めた班では、日本テレビ映像取材部の鈴木源汰記者が体験を語った。

 鈴木記者は2017年7月に千葉県印西市の老人ホーム「よしきり」で起きた殺人未遂事件を担当。職員が同僚らに睡眠導入剤を混ぜたお茶を飲ませて殺害を試みた。

 事件直後は取材に応じていた被害者は、殺到する取材に疲弊し次第に断るようになったという。それでも本社からはコメントを取るよう指示が飛んできた。「被害者を追い回してまで報道する意味があるのか悩んだ」と振り返った。

 鈴木記者は被害者の自宅に通い詰めた。断られたらあえてその場では粘らず、翌日出直していたという。ある日、被害者の母親が「あなたは毎日来ているし、愛想もよいから」と取材に応じてくれた。メディアの都合を押しつけず「相手の気持ちに寄り添うことが大事だと学んだ」と話した。

 犯罪被害者への取材は先輩の様子を観察し、失敗を重ねながら学んできたと参加者は口をそろえた。しかし失敗の数だけ相手を不快にさせることになるため、「身をもって覚える」手法が後輩に受け継がれることへの疑問の声も上がった。各社が社内勉強会などで体験談を定期的に情報交換すべきだとの意見が出た。

 西村氏は「被害者取材の成功体験や失敗談を共有する機会はほとんどない。被害者が話しやすい取材をするためにも、個々が培った経験を共有する場が求められる」と総括した。

「どこまで踏み込むか」

 朝日新聞社の青木美希社会部記者が進行役を務めた班では、入社9年目のブロック紙社会部記者が親族間の性犯罪事件の取材について話した。容疑者逮捕時の警察発表はなく、裁判担当として取材を引き継いだ。

 被害者4人中3人に取材を断られ、1人は接触もかなわなかった。「取材拒否でも突破すべきだったのか。話を聞けたとしても、報道による二次被害の恐れがある。どこまで踏み込んでいいか難しい」と話した。

 東京新聞外報部の加藤美喜記者は、愛知県一宮市で11年、モデル事務所に所属する大学生朝日なつみさん=当時(21)=が殺害された事件について話した。

 裁判員裁判が始まる頃、同僚が「朝日さんにどんな夢があり、どんな人だったのかを社会に伝えたい」との手紙を遺族に繰り返し送った。12年、懲役27年の判決が確定。納得できなかった遺族はその直後、初めて記者を自宅に招き入れ取材に応じた。

 何度も話をするうちに、遺族も「『女子大生』『モデル』ではなく『朝日なつみ』が生きた証を残したい」と望むようになり、実名での記事化を了承。13年8月9日付朝刊で、初めて事件現場を訪れ献花した遺族の姿を報じた。事件から2年がたっていた。加藤氏は「記者と遺族の思いが合致した」と話した。

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