仙台市で1月6日、病院へ進入した男が新生児を連れ去る事件が発生した。宮城県警は当初、連れ去られたのが新生児で、生命に危機が迫る案件であることなどから事実を公表、報道各社は事件発生を大きく報じたが、その後、身代金を要求する脅迫状が見つかった。県警は7日、身代金目的誘拐と判断し、報道各社に誘拐報道協定の締結を要請。これを受け報道各社は同日午後5時30分、誘拐報道協定を締結した。
協定締結は今回で58件目となるが、事件発生を報道した後の締結は極めて異例で、1984年のグリコ・森永事件以来。協定には「協定締結前の略取事件の報道はこの限りではない」との一文を盛り込まれ、協定中に略取事件について続報する社もあった。
また、協定をめぐり、県警の対応が協定の趣旨に反して極めて不十分で不誠実だったとして、宮城県内の新聞・通信・放送13社で構成する宮城県報道責任者会が11日、文書で県警本部長に抗議した。
事件はその後、翌8日午前5時38分に新生児を解放したとの電話があり、無事保護された後の同6時56分に協定は解除された。
事件発生報道後の報道自粛という異例のケースだったため、報道各社間では、協定締結の方法が議論の焦点となった。県警の要請は、身代金誘拐事件に関する取材・報道は自粛してほしいが、略取事件については、協定の趣旨を踏まえた上での報道であれば構わないというものだった。
略取事件に関する報道の扱いは、仮協定後の同責任者会でも、協議が難航。いったんは、一切の取材・報道を自粛すべきだとの意見が大勢を占めたが、民放局が夕刻の時間帯にニュースを組み込んでいるなどの事情から、協定に「協定締結前の略取事件の報道はこの限りではない」との一文を盛り込んで、協定が締結された。
略取事件の続報は、民放局が同日夕刻に報じたほか、地元紙の河北新報が、8日付朝刊社会面で「遺留品など徹底捜索」などの見出しで報じた。河北の担当者は、「連日、大きく報道してきた略取事件の続報が全くなくなることで、犯人を刺激する可能性もあった。地元紙でもあり、不自然にならない程度の配慮をした」と話す。共同通信も略取事件の続報を配信した。担当者は「協定に触れない部分は、引き続き淡々と報道すべきだと判断した。加盟社が読者に説明できなくなるという問題もある」と語った。
一方、全国紙各社は8日付朝刊では、協定の趣旨に鑑みて略取事件に関する報道も行わなかった。「事件が一切報じられなくなる不自然さは否定できないが、報じることによる危険性との比較で、声明を最大限優先した」「実際に事件は動いており、誘拐された事実に目をつぶって記事を書くことはうそを書くことにもなる」との判断もあったようだ。
同責任者会から県警への抗議は、協定期間中に解放の電話があった点や、容疑者2人に任意同行を求めていた点を速やかに明らかにしなかったことなどに対するもの。
県警の対応が協定の趣旨に反しているとし、抗議文では(1)協定中は情報を逐一速やかに提供すべきところ、一部事実が秘匿され、公表された情報も極めて不十分で迅速さに欠けていた(2)県警側は「協定締結中の捜査経過の発表は刑事部長や幹部が行う」とし、報道側も定期的な会見を開くよう要請していたが、正式会見は1回にとどまった−−などと指摘した。抗議文提出に先立ち、同記者会も口頭で抗議した。
誘拐報道協定とは
日本新聞協会の「誘拐報道の取り扱い方針」では
「誘拐事件のうち、報道されることによって被害者の生命に危険が及ぶおそれのあるものについては、報道機関は捜査当局からすみやかにその情報の提供を受け、事件の内容を検討のうえ、その結果によっては報道を自制する協定を結ぶ。ただし、これが、単に捜査上の便宜から乱用され、あるいは報道統制とならぬよう厳に注意する。」とされている。