山口県周南市の徳山工業高等専門学校で女子学生が殺され、指名手配中の19歳の容疑者が自殺しているのが見つかった事件では、容疑少年の実名、顔写真を報じるかどうかで報道各社の判断が分かれた。新聞では読売、テレビでは日本テレビとテレビ朝日の二系列が、少年の遺体発見を機に実名報道に切り替え、顔写真も報じた。公立の図書館では、実名を掲載した読売などの閲覧を制限する動きも見られた。
読売は「事件報道は実名が原則。しかし少年法六一条が少年の更生・保護のためにあることを重視し、少年事件では実名報道を自主規制している。今回は容疑少年の死亡で更生・保護の機会が消滅し、国民に正確な情報を伝えるという報道の使命が優先した」と説明する。
このほか、死刑を科すこともできる年長少年(18、19歳)でもあり、社会的反響の大きい事件であることなども考慮。「保護法益が消えた以上、知る権利を尊重すべきだ。表現・報道の自由の束縛は最小限にしたい」と強調する。
他の全国紙は匿名を継続した。
朝日は2004年、少年事件で実名報道するケースを(1)少年の死刑が確定して、本人の更生・社会復帰への配慮が消える場合(2)少年が逃亡中で、一般市民への被害が想定される場合−−の2点と明確にした。「今回はいずれにも当てはまらない。容疑少年は指名手配中で、裁判で有罪が確定したわけではなく、死刑判決と同列に論じることはできない」と判断。
毎日は「実名を原則とする成人の刑事事件とは立脚点が異なる」と説明する。同社の報道指針では、匿名を原則とした上で(1)新たな犯罪が予測される(2)社会的利益の擁護が強く優先する――ときなどは、実名報道もあり得るとしている。今回は「実名に切り替えるべき強い社会的利益は見当たらない」と判断した。
一方、共同通信は、自殺により少年が「少年法の保護の対象から外れた」とはとらえる。その上で匿名の理由に(1)保護より社会的利益が優先される場合に当たらない(2)少年が弁明の機会を失っている――などの点を挙げた。「自殺の場合は匿名、と決めたわけではない。事件の重大性も考慮して判断する」。
地元各紙も匿名を維持した。中国新聞は「少年法による保護の根拠がなくなったのだから、実名報道の原則に戻るべきだという意見もあった。しかし、慎重に議論して匿名を選んだ」という。
山口県下関市で発行されている山口新聞は、逃走中で再犯の恐れが強い場合のみ例外とするとの立場から、匿名を続けた。「少年法の規定を踏み越える判断には至らなかった」という。
テレビでは日本テレビ、テレビ朝日系列が実名、顔写真を報じた。テレ朝は「少年の死亡により保護・更生の機会がなくなったことや、事件の重大性を考慮した」という。日テレも同様の理由で実名報道に切り替えている。
他系列は匿名報道を継続した。
TBSは、少年法の目的は非行少年の保護全般にあるとの考え方に立ち、死刑が確定した少年も匿名とする。「殺人や自殺についての詳しい状況が確定していないので、死刑判決を受けた者を匿名とする場合よりもさらに厳しく判断した」という。
NHKは「逃走中も新たな事件が引き起こされる恐れは低いことなどを総合的に判断し、匿名で報道していた」という。
今回の問題を識者はどう見ているのか。
ある刑法学者は「少年法は、未成年者の匿名性を保持し、保護することが、社会全体の利益になるとの発想に基づく。本人が死んだら保護する理由がなくなるというのは問題だ」と、実名報道に疑問を投げかける。
また、あるメディア法学者は「少年法61条は少年の生存を前提とする。少年法を理由に匿名とするのは疑問だ。法規制とは別次元の、ジャーナリズムとしての自律的なルールや倫理の問題だと思う。報道機関はなぜ実名・匿名にしたのかという理由を、読者・視聴者にきちんと説明すること必要がある」と話している。
○少年法第61条
(記事等の掲載の禁止) 家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であること推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。
○新聞協会の少年法第61条の扱いの方針 1958年12月16日新聞協会制定
少年法第61条は、未成熟な少年を保護し、その将来の更生を可能にするためのものであるから、新聞は少年たちの”親”の立場に立って、法の精神を実せんすべきである。罰則がつけられていないのは、新聞の自主的規制に待とうとの趣旨によるものなので、新聞はいっそう社会的責任を痛感しなければならない。すなわち、20歳未満の非行少年の氏名、写真などは、紙面に掲載すべきではない。ただし
1 逃走中で、放火、殺人など凶悪な累犯が明白に予想される場合
2 指名手配中の犯人捜査に協力する場合
など、少年保護よりも社会的利益の擁護が強く優先する特殊な場合については、氏名、写真の掲載を認める除外例とするよう当局に要望し、かつこれを新聞界の慣行として確立したい。