ジャーナリズムの軌跡
過去の受賞作を振り返る

2022.11.14

地元の声無視した政治 許さない

イージス・アショア配備問題を巡る「適地調査、データずさん」のスクープなど一連の報道(2019年)
秋田魁新報社・松川敦志氏に聞く

 秋田魁新報社は2019年6月、地上配備型ミサイル防衛システム「イージス・アショア」の配備候補地選定を巡り、秋田市の新屋演習場を「適地」とする防衛省の調査報告書に事実と異なるデータが記されていることを特報しました。

 取材班は、市街地に近接する新屋演習場がミサイル基地としてふさわしいとする防衛省の方針に強い違和感を持ちました。「配備候補地の選定に高度な政治判断が働き、『新屋ありき』で配備計画が進んでいる」とみて、報告書の疑問点を掘り起こす連載「『適地』報告を読む」を展開。報告書を読み込む中で「ミサイル発射時に障害となる山が近くにある」との理由で「不適」とされた男鹿市の候補地について、候補地から山頂を見上げたときの仰角が誤っていることに気付き、特報につなげました。

 この報道により、防衛省は誤りを認めて謝罪し、再調査を実施。2020年6月に配備計画を断念しました。秋田魁新報社は配備計画のずさんさを暴いた一連の報道で2019年度の新聞協会賞を受賞しています。

 当時の取材班代表で、現在は報道センター長兼社会部長を務める松川敦志氏に、政府がイージス・アショア配備を断念した理由に対する考えや、地方紙の役割について聞きました(インタビューは2022年9月に実施しました)。

国民の目線で権力を監視する

河野太郎防衛相(当時)が2020年6月、突如として地上配備型ミサイル防衛システム「イージス・アショア」の配備計画断念を発表しました。断念に至るまでの一連の流れから透けて見える政治主導の配備計画の問題点についてどう考えていますか。

松川氏 地理的に「適地」だったとしても、1キロ圏内に市街地がある場所を日本の安全保障上の要衝となるミサイル基地に選ぶことは、あり得ないと思います。その土地で暮らす生活者の視点ではなく、政治的な視点に重きを置いて配備を進めようとしたことがうかがえます。

 重要なことは国民が政府の主張を疑う意識を持つことだと思います。そのためには、報道機関が国民の視点に立ち、政府の政策決定過程、遂行過程をしっかりと監視し、報じることが肝要です。政府が道理に外れたことをしようとしたら「報道で一太刀を浴びせるぞ」との気概は常に持ち続けたいと考えています。

配備断念は「政治的混乱を避ける」ため

断念の真の理由についてどう考えていますか。

松川氏 表向きは「迎撃ミサイル発射時の安全確保が難しいため」と説明していますが、私は政治的混乱を防ぐことが目的だったと捉えています。特報により防衛省の調査報告書に重大な瑕疵(かし)があることが明らかになり、配備計画に対する秋田県民の反発は一気に高まりました。特報後の2019年7月に参院選で配備反対を訴える野党系の新人が自民の現職を破りました。新屋演習場への配備の現実味が薄まる中、防衛省側はひそかに、秋田県三種町の陸上自衛隊秋田射撃場と、男鹿市の航空自衛隊加茂分屯基地に白羽の矢を立てていましたが、県民世論を考慮すれば、地元の政治家が直ちに賛成できる状況ではありませんでした。「秋田県内への配備に賛成か反対か」がその後の知事選や国政選挙などの主要な争点になり、反対を唱える人の当選が続く可能性もありました。そうした事態を見据えたのだと考えています。

官僚と異なる視点で政策について考える

防衛省記者クラブに属していない地方紙の記者が国防の問題に真っ向から切り込む難しさと可能性について教えてください。

松川氏 中央省庁内部の情報を得るのは非常に困難です。そもそも、取材がほぼできません。でも、中央省庁と距離がある分、官僚の考え方に縛られずに政策を捉え直すことができるのは強みです。今回の配備問題でいえば、対北朝鮮の弾道ミサイル防衛を考えるに当たり、日米の安全保障関係を踏まえ、米国にとってこの計画はどういう意味を持つのかという広い視野で配備計画を読み解くことができました。行政を監視する上で政治家や官僚と異なる視点を持つことは、今後ますます重要になると思います。

 地方紙の報道だけで中央省庁を動かすのは難しい場合もあります。在京メディアの報道が後に続くことで、政府の計画を覆す決定打になることも多いと思います。なので、イージス・アショアに関する報道でも「いかに在京メディアに関心を持ってもらうか」を考えていました。防衛省の調査報告書に誤りがあることを報じた記事の見出しは「適地調査 データずさん」。実は、最後の最後まで「虚偽」という言葉を使うかどうかについて、見出しを考える「整理部」と話し合いました。「虚偽」はインパクトが強い言葉なので、在京メディアが食いつきやすくなるのではと考えていたのです。結局、降版までに防衛省から十分な回答を得られなかったので、そこまで強い表現には踏み込みませんでした。在京メディアの後追いは期待薄かなと思っていたのですが、各社が大きく報じてくれ、世論が動きました。各社の報道が風向きを変えてくれたと思っています。

地域の読者と共に

メディア環境の変化が著しい中で、今後の地方紙の強みや求められる役割についての考えをお聞かせください。

松川氏 地方紙の強みは、その土地で読者と共に生きる覚悟があることです。地域の問題に向き合うことが当たり前の立場だからこそ、たとえ相手が国であっても、おかしいと思うことにとことん疑問を呈する。今後も、地元の目となり耳となって、地域課題に取り組む役割は変わらないと思います。

 配備問題についていえば、政府がなぜ新屋を配備候補地に選んだのか、なぜ計画を断念したのかといった一連の過程をまだ明らかにできていません。秋田への配備計画がとん挫したからといって、報道を終わらせるわけにはいきません。配備計画の中で「新屋」の地名が最初に挙がったのはいつだったのか、誰がどのような理由で選定したのかなど、明らかにしたいことは山ほどあります。国民の目に見えないところで議論がどのように進んでいったのか、今後も検証を続けます。

 新聞社の最も重要な役割は権力の監視だと思います。ただ、ちょっと言葉が堅いので、若い記者たちには最近は「社会のチェック役」とも言っています。イージス・アショアの配備計画は、われわれが報じていなければ確実に進められていたでしょう。心底、報じてよかったと思っています。昨今のウクライナ情勢を見ていても、軍事拠点がある場所は標的になっています。地元の声を無視した国の一方的政策を許してはいけないと考えています。

 世の中でおかしなことが起きている、あるいは起こりそうだというときに、独立した報道機関がジャーナリズムの見地から検証することは絶対に必要です。これはわれわれにしかできないことだと信じています。

<プロフィール>

松川 敦志氏(まつかわ・あつし)氏

秋田魁新報社
報道センター長兼社会部長
イージス・アショア配備問題を巡る「適地調査、データずさん」のスクープなど一連の報道で取材班の代表を務め、2019年度新聞協会賞を受賞。