――有料で記事を配信するサービスの可能性とは
有料で記事を配信する流れは、まだまだ伸びると思っています。インターネット上での物の販売は拡大し続けています。物が売れるんだから、人の想いだって売れると考えるのは自然だと思います。人の想い、つまりコンテンツは、ネットで流通させるのに物流もいらないわけだから、もっとやりやすいはずです。
また、noteの事業としては、今はnoteで売買されるコンテンツからの手数料が売り上げとしては多いですが、今後は法人分野は増やせる余地があると思っています。
この先、あらゆる業種はネット上で活動せざるを得なくなる。その時にみんなが自分で一からサイトを作って集客をして事業を行えるわけではないので、何らかのプラットフォームを使うようになるでしょう。法人に「note pro」を活用いただく流れはまだまだこれから広がっていくと思っています。
――noteから展開したこのほかの取り組みは
noteにはさまざまな分野の専門家や愛好家が集まっています。こういう人たちをまとめた専門メディアも展開していきたいです。2025年3月にリリースした「noteマネー」では、お金や投資にまつわるnoteのコンテンツをまとめ、そこに財務データや株価の情報などを外部から持ってきてバーティカル化したメディアを作っています。これを他ジャンルにも広げていくことを考えています。noteマネーでは、noteにはない広告を入れています。ネット広告はターゲティングができることはいいところですが、読者の方に興味のないものが出てしまうこともあって、それは課題だと思っています。雑誌広告のように、そのジャンルが好きな読者が集まっている場所に出る広告はコンテンツの一種になる。だから、「noteマネー」ではそれができるのではないかと思っています。
また、noteでは企業がスポンサーについた投稿コンテストを開催しています。企業が消費者へ伝えたいことに対して、noteが企画したハッシュタグで投稿を募ります。クリエーターにとっては多くの人に見てもらったり賞金を獲得したりするチャンスで、企業にとっても宣伝に、noteにとっては収益になる仕組みです。
――noteの取り組みから新聞広告や新聞社ビジネスに参考になるコミュニケーション方法とは
キーワードは地域、コンテンツ、双方向性の3つです。
新聞は地域密着性が最大の強みだと思うので、それを生かしたイベントと組み合わせた企画が良いと考えます。これはインターネットにはできない方向性です。
コンテンツについては、私が編集に携わった新聞小説『マチネの終わりに』を例に挙げます。この小説は新聞掲載の10日後にnoteでも連載し、最終的に書籍化、映像化まで実現しました。新聞で連載することで既に多くの読者に作品を知ってもらえるため、書き下ろし本よりもはるかに売りやすくなります。つまり、新聞の読者基盤を生かしてコンテンツを多角展開することで収益化できるということです。
双方向性については、この連載ではネット上のコメント欄をオープンにして、SNSも運用しました。読者の反応を見ながら作家が連載を進められるのは、ネット連載ならではの強みです。新聞とネットを同時展開することで、新聞読者とネットユーザーの両方にリーチしながら、ネット側の双方向性も活用できました。
新聞社がnoteを活用した事例には、「note pro」の機能を使った「日経COMEMO」があります。日本経済新聞が選んだキーオピニオンリーダーの方々がnoteに記事を書き、その一部を日経電子版や紙面にも載せています。通常、著名人に寄稿してもらう場合は新聞社のサイトに直接掲載しますが、「日経COMEMO」では本人自身のnoteアカウントで記事を書きます。つまり、書き手にとっては自分の資産として記事が蓄積され、同時に日経のコンテンツとしても活用される、両者にメリットがある仕組みです。
――他のモデルケースがない中、C to Cの事業を始める不安はありませんでしたか
note株式会社は2011年に設立し、2014年にメディアプラットフォームnoteをリリースしましたが、その頃はネット通販がはやり始めたくらいでコンテンツへの課金自体が一般的ではない状況でした。それでも課金への見通しはありました。
当時も時代の流れは個人に向かっていました。今でもおしゃれな子は友達の作ったブランドの服やアクセサリーを身に付けたりしますよね。大量生産の既製品を買うのか、友達のブランドを買うのか。そういう流れって10年以上前からあったと思うんです。昔は個人にはメディアを作る手段がなかったんですが、インターネットや決済システムの普及で、それが可能になった。テクノロジーがさらに進歩していけば、この流れは変わらないと思っていました。noteのサービスが普及するかは分かりませんでしたが、今の方向に向かうだろうと確信がありました。
――軌道に乗るまでに時間はかかりましたか
時間はかかりますね。プラットフォームは皆が使っていると使うようになるものですから、皆が使うまでの間はずっと大変でしたよ。初期の頃は地道に使ってもらえるように努力してきました。ひたすらクリエーター向けに使いやすい機能を作り、投稿されたコンテンツを広められるような仕組みを作ることを積み重ねてきました。
――新聞社と文字情報の強みについてどう考えますか
新聞社、特に地方紙は地域のコミュニティーマネージャーみたいなポジションだと思います。そこをどう事業化していくかが重要で、リアルな取り組みをうまく収益化できれば継続性が生まれると思いますね。
文字は情報の圧縮性が高いので、同じ情報を得ようとするなら文字で見た方が早いことが多いです。加えて文字にはメッセージを集約できるアーカイブ性という価値もあります。これは非常に重要で、企業がオウンドメディアを作る動きはそのためだと思います。
新聞社はデータベース販売もしていますが、基本的には毎日新しい記事を発行して、古い記事は読まれなくなってしまうスタイルです。でも、価値のある記事は検索などでずっと読まれ続ける仕組みがあれば、もっと事業的な価値を生み出せるのではないでしょうか。ネットにあるテキストの良い点は情報を効率的に伝えられることと、長期間にわたって資産として蓄積できることです。新聞社もこの特性をうまく生かせれば、新たな可能性があるのではないかと思いますね。
――人々から共感されるメッセージとは
今の時代、人々は明確なブランドやストーリーを求めるようになってきていると思います。例えばアップルは「Think different.」のメッセージで、創造的な人々を応援する会社としての一貫した姿勢を発信することで支持されています。企業もメディアも、それぞれの独自性や価値観をより明確に打ち出していく方向にあるのかなと思います。
また、新聞社、特に地方紙は地域密着という最大の強みを生かして、地域の人々と価値観を共有できるメッセージが重要だと思います。
加藤 貞顕(かとう・さだあき)氏
note株式会社 代表取締役CEO
アスキー、ダイヤモンド社に編集者として勤務。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海)、『ゼロ』(堀江貴文)、『マチネの終わりに』(平野啓一郎)など話題作を多数手がける。2012年、コンテンツ配信サイト cakes(ケイクス)をリリース。2014年、メディアプラットフォーム note(ノート)をリリース。