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2009年 8月4日
農業尊重へ崇高な理念を紹介

東奥「安藤昌益―直耕思想いま再び」

江戸中期の独創的思想家として知られる安藤昌益。八戸の町医者だった彼は、封建の世にあって徹底した平等思想を説き、男女が助け合い田畑を耕す「直耕(ちょっこう)」を唱えた。人はみな額に汗して働くべきだとの崇高な理念だ。マネーゲームに踊らされた末に経済危機に陥り、働くところさえ奪われる時代に、昌益が問い掛けるものは何か。4月開始の特設1ページ大型企画(毎週金曜日)は「昌益探しの旅」を続けている。

昌益を社会批判に向かわせたきっかけは寛延2(1749)年の「猪(いのしし)飢饉(けがじ)」。凶作のうえイノシシに田畑を荒らされ、数千人の餓死者が出た。八戸藩では藩財政のため大豆を作らせたが、栽培した後に放置された焼き畑にワラビやクズが繁茂、イノシシが食べて繁殖した。「自然の生態系を壊す者、それは自ら耕さずむさぼり食う支配階級」と、昌益は痛烈に批判した。

こうした昌益の思想を「わが国に大思想家あり」と紹介したのが狩野(かのう)亨吉(こうきち)博士。今年は博士が明治32(1899)年に昌益の「自然真営道」百巻本を入手してから110周年に当たる。残念ながら関東大震災で焼失し現存は15巻15冊のみだ。カナダの外交官ハーバード・ノーマンは第2次大戦後、「忘れられた思想家」を書いて昌益を世界に紹介した。連載は昌益研究の歴史を解き、不明な部分の多い昌益の京都修行や八戸時代も推察する。今秋には昌益ファンの手で市内に資料館がつくられる。

取材・執筆の吉田德寿編集委員(八戸支社駐在)は「食糧基地であり農業が基本の青森で、むつ小川原などの工業開発が優先されるのはおかしいと思い、農を大事にした昌益の思想をいつか紹介したいと思っていた。政治も社会も問題だらけの今こそ、昌益を見直してほしい」という。現在18回の連載は来年3月まで続く予定だ。(審査室)

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