忘れられた被災地の実態

茨城「検証3・11」

東日本大震災では岩手・宮城・福島3県の被害が甚大だったが、茨城県が被った被害も大きかった。その実態や防災体制の問題点を検証する1面企画を震災3か月後から開始。第1部「その瞬間(とき)」(6月、10回)で震災当日を振り返り、第2部「想定外」(7月、10回)で避難情報伝達や防災計画、医療体制などを検証した後、第3部「崩れた安全神話」(9―10月、16回)は原発問題に焦点を当てた。

同県東海村の日本原子力発電・東海第二原発は最大5.4メートルの津波に襲われた。しかし、6.1メートルの新防護壁が辛うじて全電源喪失を防ぎ冷温停止にこぎつけた。防護壁が4.9メートルからかさ上げされたのは昨年9月。330年前の延宝房総沖地震を想定した津波予測を基に講じた対策が、福島第一との明暗を分けた。

しかし危機回避は幸運に過ぎず、非常用発電機3台のうち1台は取水口付近の浸水による海水ポンプの異常で停止、津波があと70センチ高ければ全電源が危なかった。原子力災害時の拠点となるオフサイトセンターは電源を失い使用不能になった。福島では20キロ・30キロ圏にそれぞれ避難・屋内退避指示が出されたが、東海第二の30キロ圏人口は水戸市も含み全国最多の約94万人。どう対応するか。

日本原電は15メートルの津波に対応する防潮堤を計画、東海第二の再稼働を模索するが、村上達也村長は廃炉の意向を打ち出した。営業運転33年の同原発には老朽化の不安も強い。福島原発事故による放射線量が県南で高いことや、食品汚染、風評被害などの現状も詳細に追った。

「忘れられた被災地と言われる茨城の状況を正確に伝えておきたい。とくに間一髪だった東海第二で起きた事実を、原発推進・反対を言う前に冷静・客観的に伝える必要があると考えた」と藤枝智昭報道部長。報道部と学芸、写真部、支社支局で担当。年内に第4部を予定している。(審査室)

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