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個人情報保護基本法制に関する大綱案(中間整理)に対する意見書

 日本新聞協会は1月に個人情報保護検討部会の「我が国における個人情報保護システムの在り方について」(中間報告)に対する見解を表明し、3月に個人情報保護法制化専門委員会のヒアリングに際し、考え方を説明した。今回、専門委員会が公表した「個人情報保護基本法制に関する大綱案」(中間整理)<以下、大綱案>に対して、あらためて意見を述べたい。

 ネットワーク社会が世界的規模で急速に進展している状況を考慮すれば、民間部門でも個人情報保護システムを早急に確立する必要がある。そのための法制化にあたっては情報の自由な流通を確保し、表現の自由を尊重するとともに個人の尊厳を守るとの考え方に立つべきである。保護と利用の両立が大切であって、どちらか一方に偏することがあってはならない。我々は情報化社会が一層進展する21世紀に向けて、そのような法制化を提言してきた。

 とりわけ、民主主義社会の維持、発展のためには表現の自由が不可欠であり、法制化にあたって、その自由が損なわれることがあってはならない。報道の自由は表現の自由の中核をなすものであり、最高裁判所が「報道機関の報道は国民の『知る権利』に奉仕するものである」との判断を示したように、国民の基本的人権のなかでも重要な権利である。しかし、大綱案はその点についての配慮を欠いており、大きな危惧を抱かざるを得ない。以下に詳述するように、このような基本法制を考えるのであれば、報道の自由に関する分野については明確に法律の適用の対象外とするべきであり、法律の冒頭部分にその旨を記す必要があると考える。

 社会の様々な分野の活動に大きな影響を与える法律の制定にあたって、大綱案は根幹部分と言える多くの重要部分について「引き続き検討する」と判断を先送りにしている。全体像が不透明なまま、各界の意見を聞いたという形式的、表面的な手続きだけを踏み、十分な論議もないままタイムスケジュールに沿って作業を進め、大綱をまとめることのないよう、強く指摘しておきたい。速やかに全体像を示したうえで、より一層の開かれた論議を重ねるべきである。

(1)「報道目的」に関する個人情報は法律の適用の対象外とするべきである

 大綱案は「8その他」で「(1)適用対象範囲について、規律ごとに情報の性格等に即して検討する」として「この場合、表現の自由、学問の自由等に十分留意する」としている。しかし、表現の自由等の分野は個別的な検討ではなく、包括的にこの基本法制による規律の適用の対象外におくべきである。具体的には法律の冒頭部分で、例えば「『報道目的』で扱う個人情報について」は適用の対象外とする規定を明記する必要があると考える。

 新聞・通信各社は、個人情報を扱うすべての分野を対象とした基本法を制定するならば、具体的原則ではなく、個人情報保護の理念をうたう内容が望ましいと主張してきた。そして、措置内容は個別法の規制分野ではその特性によって決め、他の自主規制分野は自主的な決定にゆだねること、などを規定するべきだとも提言してきた。

 個別法規制分野も自主規制分野も包括する基本法に具体的原則を盛り込めば、その効力は法規制分野のみならず自主規制分野にもおよぶことになり、実質的に報道の自由を制約する機能を持つからである。当協会が3月9日の専門委員会ヒアリングで「中間報告」を批判し、「基本法に5原則を規定するべきではない」と主張したのも、こうした観点からであった。

 その上で、新聞・通信各社は、もしも基本法に個人情報保護の具体的な原則を盛り込む立場から法制化を考える場合には、報道の自由に関する分野は法律の対象外とすることが議論の前提となることを強調してきた。

 大綱案は「中間報告」と同様に具体的原則を明記する内容であり、個人情報の取扱いにあたって「透明性の確保」などの5原則が書かれているだけでなく、「5 事業者が遵守すべき事項」で原則に沿って11項目にわたる措置を講ずるよう求めている。

 しかし、法制化にあたっては、報道は国民の知る権利に奉仕するものであり、その点で報道機関が収集、保存、報道する個人情報は、一般の民間事業者が扱う個人情報とは根本的に異なった性格を持つことを理解すべきである。

 報道の目的のために取材の過程で収集する情報には必然的に個人情報が含まれるが、こうした原則を適用すれば取材・報道活動には大きな支障が生じる。とりわけ、取材で得た個人情報の開示などが求められるならば、取材源の秘匿など報道の根幹が崩れるおそれが強い。取材は報道の不可欠な前提であるが、報道する側と情報提供者の信頼関係が十分に確保されていなければ的確な取材は成立し得ない。取材内容にかかわる個人からの開示請求や公権力の介入が想定される状況では、情報提供者は臆病にならざるをえず、取材する側とされる側の信頼関係が十分に確保されないおそれが出てくる。

 その結果、正確な情報に基づく報道は実現されず、国民の「知る権利」は十分に満たされないことになる。このように、事実を伝達するために取材を通して多くの個人情報を日常的に収集する報道機関の活動に看過しがたい重大な支障が生じる結果となることは避けられない。取材する側だけでなく取材される側についても、法律の規制からの自由が保障されていなければならない。

 報道のこうした特別の事情を考慮すれば、個別的な検討ではなく、包括的にこの基本法制の適用の対象外におくべきであり、法律の冒頭部分で「報道目的」で扱う個人情報を対象外とすることを明示することが欠かせない。

(2)民間部門の苦情処理は自主規制を基本とすべきである

 情報化社会では個人情報の保護とともに情報の自由な流通が重要であり、健全な民主主義の基本として民間部門では柔軟な個人情報保護システムが求められている。検討部会の中間報告は「保護の必要性とその利用の有用性の双方にバランスの取れた」法制化を目指しており、この点への配慮を読み取ることができた。これと比べると、大綱案が「(個人情報の)適正な利用に配慮しつつ、個人の権利利益を保護する」ことを目的としている点は、情報の自由な流通への配慮が不十分な表現と言わざるを得ない。

 また、大綱案では「4 政府の措置及び施策」の項で「(5)苦情等の処理」にあたって「政府は受け付けた苦情等の処理にあたって必要な調査を行うことができる」としている。

 基本法の下に個別法分野と自主規制分野を併存させるという「中間報告」から大綱案に貫かれている構想は、柔軟な個人情報保護システムを目指すものでなければならない。そのような個人情報保護体系の中では、原則として、苦情処理は民間事業者の自主的な措置にゆだねるべきであり、公権力が民間の苦情処理に介入する規定には反対せざるを得ない。政府の調査権の行使はあくまで例外的に行われるべきで、その対象は厳しく限定されなければならない。

 なお、新聞・通信各社がこれまで主張し、また本意見書でもすでに述べたように、表現の自由、学問の自由の分野にかかわる苦情処理への公権力の介入が認められるべきでないことは言うまでもない。

(3)現行個人情報保護法の速やかな改正が必要である

 大綱案は「4 政府の措置及び施策」の「(1)既存法令の見直し等」で「基本原則に沿って......個人情報に関する既存の法令を見直す等、必要な措置を講ずるものとする」としている。しかし、この規定は極めて不十分である。

 新聞・通信各社はこれまで、「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」(以下、現行法)の抜本的改正が急務であると指摘してきた。その理由として挙げたのは、現行法が規制対象を行政機関に限定し、裁判所、国会、特殊法人を含めていないこと、また学校の成績や医療記録の例のように本人からの開示請求であっても適用除外として不開示とされる項目が多すぎること、電子情報以外の個人情報を対象外としていることなどである。

 不開示情報の範囲については、2001年施行の情報公開法においても、個人が識別され、あるいは識別されうる情報は原則的に開示されないこととなったが、情報公開法要綱案の作成にあたった行政改革委員会は、本人情報については個人情報保護法で開示されるべきことを前提とした措置としている。

 従って、現行法は遅くとも情報公開法施行までには速やかに改正されなければならず、そうでなければ、本人情報が情報公開法でも、また個人情報保護法でも開示されないという不都合な事態が生じることになる。

 国は憲法13条に基づき個人の尊厳を保障する義務がある。また国民は公的機関が自分の情報をどのような形で持っているかを知る開示請求の権利を持っている。しかし、現行法はその要請に十分こたえてはいない。現行法には個人情報の管理や保護などについてOECD8原則を守るべき法規範として明確に定めるとともに、適用除外規定を早急に見直すべきである。

 官民を包括する基本法制だからという理由で、公的機関を対象とする現行法を民間部門と同列に扱うのは、現行法の見直しに消極的な姿勢と言わざるを得ない。

以上

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