作品一覧 作品一覧

大学生・社会人部門 大学生・社会人部門

最優秀賞

気付きが救った命

丸山まるやま 有加里ゆかり(44歳) 静岡県富士市

「ありがとうの心を込めて配達完了」
(神戸新聞社提供)

ズボッ、ズボッ。いまだ除雪車が来ていない早朝の極寒の雪道を長靴で踏み締め、凍えながら近所に新聞を配る。地元の旧習で新聞配達を始め、数年目の冬。
 「あれ?」
 ある家の前で首をかしげた。一人暮らしのおばあちゃんは毎朝、笑顔で必ず門前で私を待っている。それなのに今朝はいない。こんなの初めてだ。無性に気になり、「おばあちゃん! 新聞だよ」と玄関を開けると……。
 「おばあちゃん?」
  廊下でおばあちゃんが倒れていた。慌てて119番。私はパニックを起こし、うまく説明できなかったが、まもなく救急車が到着し、おばあちゃんは運ばれた。
 「発見が早かったおかげで助かったんだよ。ゆかちゃんはおばあちゃんの命の恩人だ。本当にありがとう」
  後日、病室で再びおばあちゃんの笑顔が見られたとき、「寒いのも眠いのも我慢して、新聞配達を頑張って良かった!」と心底思った。
 ほんの少しの「気付き」が人命を救うこともある。あれから30年。今春、娘は新聞少女デビューした。

「ありがとうの心を込めて配達完了」
(神戸新聞社提供)

審査員特別賞

届いた声

佐々木ささき 美和みわ(34歳) 北海道北広島市

「令和初日配達準備」
(読売新聞社提供)

毎朝玄関の前に立っているおじさんがいる。あいさつしてもみけんにシワを寄せ口をつぐんだまま。次の日も「明日は休刊日です」と新聞を差し出すと、無言で取り上げ玄関に戻って行く。
 半年たった頃、おじさんがいなかった。ポストに入れると玄関からおばさんが出てきた。
 「あなたが毎日、新聞を届けてくれる子ね。主人は新聞が来るのを楽しみにしてたのよ。実はのどのがんでお話ができなかったの。耳もほぼ聞こえなくてね。毎日、新聞と私しか相手が居なかったから。でもいつしかあなたが来るのを待ってたわ。1時間も前から何度も外に出て行ったり来たり。最近具合が悪くて入院してるのよ。これからはポストに入れてちょうだい」
 それから半年後、おじさんが立っていた。「おはようございます。お久しぶりです」。おじさんがいつものように顔色を変えずに受け取った。
 でも玄関に入るときに笑顔が見えた。私の声も届いた気がした。

「令和初日配達準備」
(読売新聞社提供)

優秀賞

私の宝物

三宅みやけ 伸治しんじ(60歳) 香川県観音寺市

「新聞と笑顔を届ける高校生」
(岩手日報社提供)

中学高校と6年間、新聞配達をした。夜明け前から自転車に乗り、毎日毎日、雨の日も雪の日も新聞を配って回った。貧しい生活、つらい現実の中、毎日見上げた星空は、気持ちとは裏腹に暗い海沿いの町に映え、美しかった。
 高校卒業に際して新聞社から感謝状をいただいた。「終始あなたが示された不屈の闘志と強い責任感をたたえる」とあった。消防士となり、この言葉が支えとなった。多くの災害で悲しい現実を目にし、つらい訓練で泣き出しそうになると感謝状を開いた。あの星空を思い出しながら「負けるものか」と自分を奮い立たせた。
 8年前、緊急消防援助隊として訪れた気仙沼の地。想像を絶する被害と多くの悲しみを目の前にし、自らの無力をかみしめ、疲れ果て、東北の寒風に震えながら、やるせない気持ちで空を見上げた。夜明け前、水平線に広がる星空が、あの星空と重なった。「負けるものか」とつぶやいた。
 この春、42年間の消防人生を終えたが、新聞配達を通して得たあの言葉はこれからも私の宝物である。

「新聞と笑顔を届ける高校生」
(岩手日報社提供)

入選(7編)

うれしいメッセージ

赤川あかがわ あゆみ(28歳) 札幌市

「配達後に食べてね」
(毎日新聞社提供)

「お帰りなさいませ」
 家族旅行で、長期間家を空けることになり、新聞を一時休止した。いない間の新聞をどうしようか悩んだが、新聞好きの私と母は、「いない間の新聞も欲しい」と思い、いろいろ調べてみると、一時休止の分も旅行から帰ってきたときにまとめて家に配達してくれることを知った。すぐに電話でそのことを伝え、配達してもらうように頼んだ。旅行中は地方の新聞を読み、地元紙と地方紙の違いや良い記事・面白い記事を探すのが私と母の楽しみとなっている。
 旅行を思う存分楽しみ、帰ってくると、次の日の朝、袋に入った大量の新聞が届いていた。見ると、「お帰りなさいませ」と丁寧なメッセージが入っていた。初めてのことだったので私と母は、「重くて、配達するのも大変だったと思うのに、メッセージまで付けてくれてうれしいね」と新聞屋さんの気遣いに感動した。
 次の旅行はどこへ行こうかと考えるのとともに、またあのメッセージがもらえるのかなあと自然と考えてしまう。私たちの帰りを待っていてくれる人がいるみたいで、なんだか不思議な気持ちだ……。

「配達後に食べてね」
(毎日新聞社提供)

感謝の張り紙

飯岡いいおか 美咲みさき(23歳) 茨城県土浦市

「さあ出発だ!」
(静岡新聞社提供)

「チラシは入れないでください」「勧誘お断り」
 郵便受けにそんな注意書きを多く見る。私はそれらに違和感を覚えた。「なぜ拒否する注意書きはあるのに、配達を感謝するものはないのだろう?」 そんなことを考えた私は翌日から自宅のポストに張り紙を付けた。
 「配達お疲れさまです。郵便物に感謝しています」
 新聞その他郵便物に対してシンプルに感謝の言葉を表した。反響は考えていなかったが、意外なところからそれは飛んできた。祖母がはじめましての方に名前を言うと、わが家を知っているというのだ。「配達に感謝している張り紙は初めてで、とても印象的でした。なので飯岡さんの家は記憶しています」。チラシ配達の仕事をする彼はうれしそうに話していたそうだ。
 私はまだ、わが家への新聞配達員を見かけたことはない。夜更かししていると聞こえるポストに「カタン」の音。「この暗さだとあの張り紙は見えないかな」。そんなことを考えながら眠りにつく。毎日の新聞配達、お疲れさまです。

「さあ出発だ!」
(静岡新聞社提供)

ちょっと気になって

金谷かなや 祥枝さちえ(49歳) 広島市

「順路を確認しながら前かごに新聞を積み込む従業員」
(神戸新聞社提供)

ある日、新聞配達員さんが訪問看護ステーションに私を訪ねてきました。配達員さんは「気になることがあって」と話し始めました。
 一人暮らしの男性で3日間不在の人がいる。以前、配達のときに男性から訪問看護を利用していることを聞いていたので、心配になってステーションを訪ねてきたそうです。
 配達員さんが心配していた男性は体調を崩し入院中でした。配達員さんには心配しなくてもよいことを伝えました。男性に連絡し、退院までの間、新聞を中止にしてもらうこと、配達員さんには状況を話してもよいとの許可を取り新聞販売所に連絡しました。
 後日、ステーションに訪ねてきてくれた配達員さんへ男性から言い付かった「ありがとう」を伝えると、照れくさそうに「ちょっと気になったんで」とだけ言って帰っていきました。
 配達員さんカッコ良すぎです。

「順路を確認しながら前かごに新聞を積み込む従業員」
(神戸新聞社提供) )

当たり前がある幸せ

喜藤きとう 千夏ちか(21歳) 宮城県大崎市

「いつも私のそばに」
(日本経済新聞社提供)

「ありがとう」の対義語は何だろうか。日本人がよく使う感謝の言葉。私は今年、ある出来事を契機に「ありがとう」の対義語を知り、その真の意味を再認識した。
 成人式の日、旧友と開封したタイムカプセル。中に入っていたのが色あせた新聞である。「宮城震度7大津波」の見出しと、流されていく家々と燃え盛る炎。東日本大震災翌日の朝刊だ。
 小学校の卒業式目前に激しい揺れを経験し、とてつもなく不安だったあの夜。普段は番組欄しか見ることのなかった新聞がいつも通り届いたとき、子供心にも安心した。12歳の私は、タイムカプセルに新聞を入れることで何を伝えたかったのだろうか。
 そんなことを考えていると、昔どこかで聞いた話を思い出した。「ありがとう」は漢字で「有り難う」、つまり「有るのが難しい」と書く。その反対は「有るのが易しい」であり、これを私たちは「当たり前」と言う。いつも通りであることが難しかったあの頃、普段と変わらず新聞を届けてくれて有り難うございました。

「いつも私のそばに」
(日本経済新聞社提供)

母の思い

小松崎こまつざき 有美ゆみ(45歳) 埼玉県所沢市

「小学校へ配達。高学年1人1人に」
(岩手日報社提供)

「しんぶんはいたつにいってきます」
 また食卓に置き手紙。私はため息をもらす。女手ひとつで家庭を守る母。その姿はいつもなかった。あったのはさみしさだけだった。私は母を恨んだ。離婚さえしなければ。私なんか生まれなければ。そうやって母や世間を恨んで大人になった。しかし気付けば自分も母と同じ道を選んだ。
 「しんぶんはいたつにいってきます」
 毎日、娘に書く手紙。その手は家を守る責任感と申し訳なさを感じていた。きっと母も人知れず悩んでいたのかもしれない。今だからそう思える。
 先日、配達から帰ると食卓に1枚の手紙があった。そこには7歳児のやさしさと強さがあった。
 「し んぶん、ありがとう」
 思わず私は母にわび、娘に感謝した。起きてきたら「し」を教えてやろうとこっそり思った。

「小学校へ配達。高学年1人1人に」
(岩手日報社提供)

勇気を与えてくれた新聞

藤吉ふじよし 真里奈まりな(38歳) 北海道石狩市

「薄暗いうちからの作業」
(信濃毎日新聞社提供)

真夜中の揺れで目覚め、震源地をテレビで確認したのもつかの間、北海道は全域で停電していた。胆振東部地震のときのことだ。
 2歳の息子と二度寝の夫はすやすや眠っている。ガスと水は出る。わが家に被害はないようだが、ついにここにも大きな地震が来た……。
 炊飯器に予約したお米を土鍋に移して炊いた、非常の朝。郵便受けをそーっと開ける。新聞は届いていた。配達人は斜め向いに住む顔見知りのおじさんだ。真っ暗闇の中、一軒一軒いつも通りに配っていたんだ。私も私のやるべきことをやろう。手にした新聞から、この事態を乗り越える勇気がともった。
 日没までにと、ぬるい冷蔵庫の食材を端から調理し、鍋のお湯で息子に湯あみをさせた1日の終わり、全4ページの夕刊が届いた。
 停電中でも稼働できた印刷所から、全道に届けられたという“1枚の新聞”は、非常時にも働いた人たちの誠実さの結晶のように思えて、いつまでも手元に置くつもりでいる。

「薄暗いうちからの作業」
(信濃毎日新聞社提供)

家族の誇り

和田わだ 千明ちあき(29歳) 青森市

「平成最後の夕刊の配達準備に追われるスタッフ」
(読売新聞社提供)

今年65歳になった父は、月曜日から金曜日まで週5日、夕刊の配達をしている。昨年の冬前に始め、もう半年はたっただろうか。夕飯の席で、父はその日の配達での出来事を話すようになった。
 冬のこと。
 「あそこの角に飲み屋さんがあるだろう。配達に行くとそこの店主さんがな、寒い中、でっかいバケツに水を張って大根を洗ってるんだよ。しゃっこいだろうな。立派だな」
 春のこと。
 「配達してるおうちでさ、庭に1本も雑草がないところがあるんだ。いつ行ってもだよ。丁寧にしてるんだな。立派だな」
 ついこの間のこと。
 「そこに中学校があるだろう。配達してるとな、通る生徒さんがみんな、本当にみんな、お疲れさまです!ってあいさつしてくれるんだ。すごいよな。立派だな」
 父は地域の皆さんのことを、立派だなと言う。私は、寒さ厳しい青森の冬の配達をやりきり、これからどんどん暑くなるであろう夏にも意欲を見せる父を、それこそ立派だと、家族として誇りに思う。

「平成最後の夕刊の配達準備に追われるスタッフ」
(読売新聞社提供)

中学生・高校生部門 中学生・高校生部門

最優秀賞

松ぼっくりのお礼

中村なかむら 亮輔りょうすけ(13歳) 鹿児島県霧島市

「古都に朝を届ける」
(京都新聞社提供)

バイクの音でふと目が覚めた。朝刊を配達するバイクの音だ。普段なら朝まで決して起きない僕だが、その日は配達する人の姿が目に入った。しばらくして、玄関の横に大きな松ぼっくりが座っていた。僕が松ぼっくりを探していると母が集金の人に話したからだろう。理科で植物を学習し、ちょっと実物を見たくなったのだ。
 そんなある日、普段見るよりもはるかに大きな松ぼっくりが姿を現した。きっと、わざわざ探してくださったに違いない。配達する方にお礼を伝えたい。でも朝早くは起きられない。そこで、頂いた大きな松ぼっくりでミニチュアクリスマスツリーを作り、母に渡してもらうよう頼んだ。不格好なツリーだが、喜んでもらえたようでほっとした。いつかは直接お礼を伝えたいと思いながら、3年間が過ぎた。翌年の春から離島で生活していたからだ。
 1週間に1度だけ、まとめて新聞が届く環境から、今では毎日、新鮮なニュースが読めるようになった。そして、配達のバイクの音で時々目が覚める。でも、配達する方が前と同じ方かどうか、もう1度寝てしまう僕は、まだ確認できないでいる。

「古都に朝を届ける」
(京都新聞社提供)

審査員特別賞

回復を後押ししてくれた人

岡田おかだ もも(18歳) 千葉市

「早朝配達さわやかに」
(中日新聞社提供)

「パリパリ」ともぎたての梨をかじったときのような、みずみずしい音を立てて父が新聞をめくる。その音に安心しながら、私は病院のベッドで目を閉じる。先週までの無菌室から一般病棟の個室に移れたので、父の新聞をめくる音もうれしそうだ。
 5年前、小児がんが発覚し、入院と治療を余儀なくされた私は、退院して学校に復帰した現在も治療の副作用に苦しんでいる。入院当時の病室は病棟の一番端にあり、窓を開けると病院の塀に沿って走る道路がよく見えた。早朝の「新聞配達」のバイクの音は私に新しい朝を運んでくれた。驚異的な速度で回復した私は、その音に向かって手を振るようになった。バイクに乗る「新聞人」もいつしか手を振り返してくれるようになって1か月後、私は退院の日を迎えた。
 「これからは父の隣でゆっくりと新聞が読める」。そんなささいなことが無性にうれしかった。私は今も「新聞人」が私の回復を後押ししてくれたのだと信じている。

「早朝配達さわやかに」
(中日新聞社提供)

優秀賞

おばあちゃん、長い間ありがとう

長根ながね 萌生めい(16歳) 青森県八戸市

「配達の合間の楽しいひととき」
(熊本日日新聞社提供)

笑顔がチャーミングな新聞配達のおばあちゃん。私が生まれたときからずっと地域の新聞配達と集金をしていた。
 緑色のカブに乗り、村中を走り、元気と新聞を配達してくれた。
 「おじいちゃんは変わりはないかい?」「幼稚園は楽しいかい?」「友達はできたかい?」などいつも地域の子供とお年寄りを見守ってくれていた。
 小学校のときは、少し遅れて届くこども新聞をわざわざ別便で届けてくれた。大雪の日はビニール袋に入れ、「ごめんよ、遅くなってしまった。学校に行く前に読めるかい?」と言って配達してくれた。
 今年、おばあちゃんは配達も集金もやめた。小さいときから成長を見守ってくれたおばあちゃんに高校入学の話ができていない。
 近いうちに制服を着て訪ねてみよう。

「配達の合間の楽しいひととき」
(熊本日日新聞社提供)

入選(7編)

新聞は力

大島おおしま 愛美まなみ(15歳) 名古屋市

「真夏の夕刊、鎌倉の夏」
(東京新聞提供)

新聞、配達。それは私の家の力だ! 祖父は長年配達をして何度も表彰を受けているが、私には到底、無理だ。それは私と妹の3人家族の力となっている。その影響か私も新聞に興味を持った。
 各新聞で報じ方、論じ方が異なり、その発見が面白くもある。また、投稿欄には幅広い意見が載り、図書館で比べていると時を忘れ、スマホにはない力だ。
 高校受験を控えた今でも祖父に甘え、感謝していても言えない私がいる。お店の奥さんたちの優しさも、祖父や私たちの大きな力になっている。配達は祖父の力の源だ。そんな力が私は好きだ。
 祖父が笑顔で言う。新聞の最たる末端は配達だ、そして配達こそが最も重要だと。待つ人に毎日届け続ける、正に力そのものだと思う。
 今朝も祖父はいつも通りバイクで配達に行く。ごく普通に家事をこなして自然の力で。私は祈る。感謝の力を込めて健康と安全を。

「真夏の夕刊、鎌倉の夏」
(東京新聞提供)

新聞は社会とつながる橋渡し

北山きたやま 陽彩はるあ(13歳) 富山県高岡市

「音を立てないよう、そっと投函」
(茨城新聞社提供)

遠くの方からバイクの音が近づく。
 「コトッ」
 私は、ポストに投函された音で目が覚める。早朝の住宅街の、ピンと糸が張りつめたような静寂の中では小さな音さえも大きな音のように響き渡る。この音を同じように聞いて目覚めていたおじが亡くなった。
 突然の知らせに気持ちが追いつかず、「なぜ?」の言葉が頭の中で渦巻いた。毎日毎日、新聞が投函されたままたまっていたポストを、不審に思った近所の人が警察に連絡をしてくれたことで、おじは見つかった。
 おじの話を聞いて、私は一人暮らしの人にとって、新聞は社会とのつながりでもあることに気付いた。毎日、配達員さんがポストに投函してくれたことで、おじは無言のSOSを発信することができたのだ。
 新聞配達という仕事は、新聞を届けるだけではなく、孤独になりがちな一人暮らしの人たちが、周りとつながる橋渡しをする重要な役割があるのではないだろうか。
 私は今日も「コトッ」という音で目覚め、配達員さんに心の中で「ありがとう」とつぶやいた。

「音を立てないよう、そっと投函」
(茨城新聞社提供)

届けられることに感謝

齋藤さいとう 三唯みい(14歳) 山形県村山市

「今日も満載で出発です」
(信濃毎日新聞社提供)

朝、ポストを見ると新聞が入っている。あたり前のことだろうと私たちは思っている。ある日のこと、私は新聞屋さんの姿を目にした。一軒一軒、手渡しでポストに入れる姿、雨や大雪の日もぬれないように大切にしている姿だった。急いで走ってくる新聞配達屋さん。一滴もぬれていない新聞に、私は何かあの時と同じ感情を抱いた。それは東日本大震災のとき。
 当時私は5歳で、揺れ続ける地面と状況の違う町で恐怖でいっぱいだった。そんな中、一晩すごし朝になると祖父や父が新聞を読んでいた。いつものことだと思っていたが、考えてみるとはっとした。震災でも何があっても、配り続ける姿に心を打たれた。その普段と同じように何の変わりもなく配り続ける姿が、何か町の人々を安心させていたのだろう。
 私の祖父は、新聞が休みの日は悲しそうにし、ポストに入っているとうれしそうに読んでいる。新聞が届けられることに感謝したい。そして今日の朝も新聞から始まる。

「今日も満載で出発です」
(信濃毎日新聞社提供)

雪国の新聞配達員

武田たけだ 柚紀ゆずき(17歳) 長野県飯山市

「白樺並木」
(北海道新聞社提供)

僕は冬休みの間に、体を痛めていたおじいちゃんの新聞配達を手伝ったことがある。僕の住んでいる所は雪がすごく多いから、起きたらまず雪かきをしなければならない。雪かきを終えて、やっと配達はスタートする。ポストに行くまでにも雪が多く大変だ。この大変な配達を何年も続けているおじいちゃんを誇らしく思った。
 一軒一軒投函していると、朝早くから雪片づけをしている人たちに、「おはよう」や「ありがとう」といった声をかけてもらい、やる気や頑張ろうという気持ちが出てきて、僕は冬休みの間、頑張れたんだと思った。このような人との関わりがあるからこそ配達は続くんだと感じた。これからもおじいちゃんには新聞配達を頑張ってもらいたいけど、体を壊してもらいたくないから、手伝えるときは手伝っていきたいと思う。
 いつかおじいちゃんを超える新聞配達員になる。

「白樺並木」
(北海道新聞社提供)

旅立ちの朝に

中村なかむら 直大なおひろ(14歳) 青森県八戸市

「みんなでしっかりミーティング」
(産経新聞社提供)

私が生まれた14年前、祖父母は新聞配達の仕事を始めた。私の成長を見守りながら、雨の日も風の日も大雪の日も欠かさず、刷りたての活字が冷めないうちに配達している。
 人生初、アメリカ研修出発の朝。いつもより早く目覚めた私は、郵便受けに新聞を取りにいくと、祖母からの手紙も届けられていた。「じじばばは見送りに行けないけど、無事成功することを祈っていますよ。見たこと、聞いたことをメモすること。破顔一笑で過ごしなさい。帰ったら、おいしいもの食べようね」。
 祖父母の優しさに触れ、うれしかった。そのとき、私は気が付いた。祖父母の仕事は、情報を届けるだけではなく、温かい気持ちを乗せて、人と人との心をつなぐ架け橋となっていることを。
 「今日も温かな新聞、ありがとう」と、これからも感謝を忘れずにいたい。

「みんなでしっかりミーティング」
(産経新聞社提供)

これからもよろしくお願いします

はた 千穂ちほ(16歳) 石川県七尾市

「高校生の1日の始まり」
(岩手日報社提供)

人口100人にも満たない小さな小さな村にも、毎日、新聞は届く。
 私の住んでいる地区は、人口が少ないだけでなく高齢化が著しく進んでいます。小学生はたったの3人。中学生は1人だけです。気が付けば向かいの家も両隣も空き家状態。そんな村にも毎日毎日来てくれてありがとうございます。早起きが苦手な私は一度も新聞配達をしてくれている人を見たことがないけれど、伝わるといいな。
 うねうねした山道を、冬の除雪がされていないことがある道を、毎日ありがとうございます。
 それだけでもありがたいけれど、一つお願いをしてもいいですか。ポストに新聞がたまっている家があったら気に掛けてください。一人暮らしのおじいちゃん、おばあちゃんが多いのでお願いします。きっとこんなことお願いしなくても、既にやっていてくれるんだろうなと思った今日この頃です。

「高校生の1日の始まり」
(岩手日報社提供)

粋な計らいに感謝

山本やまもと 未来みく(16歳) 青森県八戸市

「新聞はビニール袋に入れて濡れないように」
(朝日新聞社提供)

ある春の日だった。いつも通りの時間に、いつも通りの人が新聞を持ってきた。しかし、一つだけいつもと違うことがあった。それは雨の日でもないのに、新聞がビニール袋に入っていたことだ。その理由を尋ねたところ、花粉に苦しんでいる人のためだそうだ。
 私は胸が温かくなるのを感じた。
 自分事だが、長年花粉に苦しまされていた私にとって、その行為はとても「うれしい」だなんて言葉では表せない。誇張表現ではない。新聞を広げ舞う花粉はかなり厄介だ。目やら鼻やらを攻撃し、とても新聞を読んでる場合じゃないのだ。
 近ごろでは、物騒なニュースをよく見ていて、人間て怖いなーなどと思っていたが、あそこまで思いをはせてくれる人がいるのなら、この世も捨てたものではないと感じた。
 最後に、粋な計らいをしてくれた新聞配達員の皆さまに、心から感謝を申し上げます。

「新聞はビニール袋に入れて濡れないように」
(朝日新聞社提供)

小学生部門小学生部門

最優秀賞

笑顔の人をつなぐ仕事

竹下たけした 有喜ゆき(10歳) 大阪府枚方市

「配達前から集中して作業します」
(東京新聞提供)

「えっ? おこづかいを自分で働いてかせいでたの?」と、お父さんに聞きました。
 「そう、有喜のおじいちゃんはお父さんが8歳の時に亡くなったからね。おこづかいがほしいって言いづらくて、高校生になって学校に行く前にバイクで60軒くらい、新聞配達してたよ」。
  私はびっくりして、「つらかった?」と聞くと「早起きするのと雨の日、ぬらさないように工夫するのと、遅れたらしかられるのがつらかったなー」と答えてくれました。
 「うれしかったことは?」と聞くと、「ありがとう、ごくろうさまって言われたとき、人の役に立てたんだ!ってうれしかったよ」。私は「お給料が1番うれしかったでしょ?」と聞いたら、「ちがうよ。お金は使ったらなくなるけど、もらった温かい言葉は、心に残るからね」。
 お父さんがそう言ったとき、新聞をもらった人も、配ったお父さんも笑顔になれて、新聞配達って笑顔の人をつなぐステキなお仕事だなあと、感動しました。

「配達前から集中して作業します」
(東京新聞提供)

審査員特別賞

配達員さんの思いやり

杉本すぎもと 賢太郎けんたろう(8歳) 金沢市

「真心を込めた配達を心がけています」
(静岡新聞社提供)

「わんわんわん……」
 しんぶんはいたつのじかんになると、犬がリビングまではしっていって大きなこえでほえていました。おふとんのへやでぼくといっしょにぐっすりねていたはずなのに、いえのまえまでちかづいてくるバイクのおとをきくと大いそぎではしっていくから、ぼくもときどきおこされていました。
 そんなとき、犬がほえなくなっていることに気づきました。それでもテーブルの上にはまいあさ、しんぶんがのっています。どうやってしんぶんがとどいたのかなとおもって、あるあさ早おきをしてはいたつがくるのをまっていました。すると、しんぶんはいたつのおじさんがいえの手まえでバイクをおりて、バイクをおしてとどけてくれていることがわかりました。
 おじさんは、しんぶんといっしょに「おもいやり」もとどけてくれていたことがわかり、とてもうれしい気もちになりました。ぼくもおじさんのように「おもいやり」をたいせつにしたいです。

「真心を込めた配達を心がけています」
(静岡新聞社提供)

優秀賞

ぼくは小さな新聞配達員

清水しみず 煌生こうせい(10歳) 福井県坂井市

「配達はバイク・自転車・徒歩で」
(愛媛新聞社提供)

ぼくをいつもおうえんしてくれる人がいます。それは、つくし野販売店のおじさんと、くわの新聞店のおばさんです。会うととてもやさしいえ顔で話しかけてくれます。
 配達員さんはちいきの安全を守りながら、みんなにじょうほうを届けてくれるすばらしいお仕事だと思います。ぼくの年れいでは新聞配達はまだできないのですが、新聞を届ける気持ちが知りたくなりました。
 ぼくのそうそ母が、新聞を取ってはいけない病院に入院しています。おみまいの時に新聞を持っていくことにしました。「新聞持ってきたよ」と言うと、え顔になり、すぐにメガネを取り出して読みだしました。そして、「新聞持ってきてくれてありがとう。うれしいわ」と、言ってくれました。ぼくの心の中はとてもあたたかい気持ちになりました。
 大きくなったら、もっとたくさんの人に新聞を届けてみたいです。

「配達はバイク・自転車・徒歩で」
(愛媛新聞社提供)

入選(7編)

光って見えたお母さんの後ろすがた

塩田しおた 勝彦かつひこ(10歳) 大阪府枚方市

「1軒1軒丁寧に届けます」
(熊本日日新聞社提供)

「めんどうを見てあげてね」
 しんぶんはいたつをする日の前日の夜、お母さんは、いつもこう言います。ぼくはいつも、「はいはい。わかってるって」と、へんじをします。その時はまだ、新聞はいたつの大へんさをしりませんでした。大へんさにきづいたのは、そのつぎの日でした。
 朝、弟のなき声がきこえてきました。ぼくはへやへいって、弟をなきやませました。弟がねてから、まどから外を見ました。そこには、しんぶんはいたつをしているお母さんの後ろすがたが見えました。その首にはあせが出てきていました。その日は日の光にあたって、かがやいていました。その時にしんぶんはいたつの大へんさがわかりました。その日からぼくは、いつも帰ってきたお母さんに言います。
 「いつもがんばっている姿はかっこいいよ」

「1軒1軒丁寧に届けます」
(熊本日日新聞社提供)

すてきな朝

清水しみず 野々香ののか(10歳) 大阪府枚方市

「ポスト低く!」
(北海道新聞社提供)

「明日、早起きできたらいいなあ」
 ようち園のころ、よくそう思っていた。ママが新聞配達をしているからいっしょにやりたいけど、なかなか4時には起きられない。早起きできたとき、そっとママのそばにいくと、「もう起きたの!」と、ママ。
 「新聞配達の日でしょ? ついていきたい!」
 「寒いからまた今度ね」
 それでもなんとかついていきたくてたのんでみると、「あったかいかっこうして行くならいいよ」と言ってもらえた。ついていくと、ほかの新聞配達の人に「ママのお手伝い? えらいね」と言われてうれしくなった。
 朝は空気がきれいで、星がキラキラだ。空が、黒からむらさき、オレンジに変わっていく。すてきな朝だなあと思った。

「ポスト低く!」
(北海道新聞社提供)

たくさんの工夫に感謝

田中たなか 莉菜りな(7歳) 松山市

「しっかり確認します」
(朝日新聞社提供)

おとうさんはあさ、おきたらすぐにポストに新聞をとりにいきます。わたしはずっと、おとうさんはおしごとをがんばっているから、サンタさんが新聞をプレゼントしてくれていいなあと思っていました。
 6月に学校のじゅぎょうで町たんけんがありました。そのときに新聞販売所にいきました。しょくいんさんのお話でおどろいたのは、夜中の2時にあつまっていることです。そしてあさ6時までにはとどけるようにしていることです。雨の日は、新聞がぬれないようにナイロンぶくろに入れているのもびっくりしました。たくさんの新聞をきれいにはこべるようなくふうがたくさんしてありました。
 おとうさんがまい日、きもちよく新聞を読めるのは、わたしたちがねているあいだにいろんな人ががんばってはたらいてくれているからなのだと思いました。
 わたしは、早くおきられた日はありがとうというきもちで、新聞をポストにとりにいこうと思います。そしてわたしでもよめそうなところをさがしてみようと思います。おとうさんと新聞の話ができるとうれしいです。

「しっかり確認します」
(朝日新聞社提供)

新聞はいたつ

坂東ばんどう 初妃菜にーな(9歳) 大阪市

「いってきます!配達に出発する従業員」
(神戸新聞社提供)

ガサ。ゴトッ。その日は、もの音で目がさめた。うすぐらい中、耳をすます。ザー、ピチョン。水の音。外は雨。お父さんはふとんの中でニヤけている。何のゆめを見ているのかな。わたしはクスッとわらったあとで、さっきの音が気になっていた。
 「お父さん、おきて」
 一人で見に行くことができなくて、お父さんといっしょにたんさくすることにした。げんかんのほうでしたあやしい音。お父さんはねむい目をこすりながらわたしについてくる。ガチャリ。おそるおそるげんかんのドアをあけた。見るとビニールぶくろにつつまれたしんぶんが目に入った。
 「おっ、もう新聞がとどいているな」といって、お父さんは何事もなかったかのように新聞をとりこんだ。雨の中、ぬれないようにビニールにつつまれた新聞。わたしは大事にされている新聞を見て、はいたつ屋さんの心づかいにやさしい気分になりました。音は少しこわかったけどね。

「いってきます!配達に出発する従業員」
(神戸新聞社提供)

ぼくは顔パス

福田ふくだ 天紀てんき(11歳) 埼玉県春日部市

「川沿いの道をさっそうと」
(産経新聞社提供)

ぼくが新聞を読んでいて思うこと、それは気持ちが高まる、ほこらしく思うということだ。ぼくは1か月前から新聞を読んでいる。そしてぼくのほかに小学生で読んでいる人はいないだろうと勝手に思っている。さらに、毎朝5時半に起きて自分で新聞販売所まで買いに行っている。今では、母も運動をかねて一緒に行っている。そんなこんなで、毎日かかさず新聞販売所に行くぼくの朝は進化している。
 ある日、販売所へ行くと、ぼくがいつも買っている新聞が台の上に1部置いてあった。配達スタッフはぼくを見るなりその新聞をさっと手渡してくれた。まさかの顔パスだった。ぼくはついにここまで進化した。感動した。こういうのを一度やってみたかった。
 今、毎朝の日課は販売所へスキップで行くほど楽しい。販売所の人がぼくのために新聞を用意してくれることで、新聞を読んでほしい気持ちが伝わってくる。毎日続けたいと思う。

「川沿いの道をさっそうと」
(産経新聞社提供)

なかまを大切にするっていいなあ

松下まつした 和煌かずあき(9歳) 静岡県牧之原市

「事故に注意しような!配達前の声掛け運動」
(毎日新聞社提供)

ぼくは、友だちと外で遊んでいる夕方、はいたつ員さんから新聞をうけ取っている。新聞をうけ取ることができない日もあるけれど、ぼくがようち園のころからつづいている。
 去年の秋、はいたつ員さんが長い間休んだ。こんなことははじめてだった。どうしたのだろう?と心ぱいして、代わりのはいたつ員さんに、思い切ってたずねた。
 「入いんしているよ」と知らせてくれた。ぼくは、手紙を書いて代わりのはいたつ員さんにたのんだ。代わりのはいたつ員さんは、「わたしも心ぱいしているよ。ありがとう。手紙、わたしておくね」と、やさしく言った。
 仕事のなかまを大切にしている代わりのはいたつ員さんの言葉に、ぼくの心は温かくなった。今、はいたつ員さんは新聞をとどけているが、休むとき、代わりのはいたつ員さんが、ぼくに話しかけながら手わたししてくれる。たすけあいっていいな。

「事故に注意しような!配達前の声掛け運動」
(毎日新聞社提供)

雨にも負けず、風にも負けず

松田まつだ 大地だいち(10歳) 徳島県阿南市

「雨の中、販売店に新聞が到着」
(茨城新聞社提供)

ぼくは、小学校3年生のころから、地元新聞社に夏休みの感想画を出品しています。
 初めて出した作品は、宮沢賢治の「雨にも負けず、風にも負けず」でした。
 この本を読んでいるうちに、頭の中にうかんできたのは、雨にも負けず、風にも負けないで、私たちの家に、新聞を配達してくれる配達員さんのがんばっているすがたでした。
 ぼくは、配達員さんに対する「ありがとう」と気持ちをこめて、一まいの絵を書きましたが、思ったより上手に書くことができませんでした。だから、販売所に持っていくことが不安でした。
 しかし、販売所のおくさんは、「これを見たら、配達員さんが喜ぶ」とほめてくれました。これにより、心は明るくなりました。
 5年生になった今でも、毎朝、どんなに天気が悪くても、同じ時間にとどけてくれる配達員さんの努力に対して、感しゃしています。

「雨の中、販売店に新聞が到着」
(茨城新聞社提供)

(敬称略)

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