死と向き合う僧侶の原点

 京都「神仏のゆくえ 最期の風景」

 黒岩紀子さんは今年4月、余命2~4か月と宣告された。がんが進行し、卵巣に転移していた。「うまく言えないけど、不幸だけど幸せ。ここなら悪くない死に方ができそう」。ついのすみかと決めた「あそかビハーラ病院」(京都府城陽市)で箕浦成克記者に語った。

 病院は緩和ケアが専門。花岡尚樹さん(43)ら5人の僧侶が常駐し、患者や家族に目を配る。9月1日付から5回。死と向き合う宗教者の活動の広がりを伝えた。滋賀本社編集部の箕浦記者と、報道部の浅井佳穂記者が取材した。

 花岡さんは普段、法衣を着ない。髪もそっていない。「どうですか」と黒岩さんに気軽に話し掛ける。テレビドラマの話で盛り上がる。黒岩さんが以前勤めていた美術館にも一緒に訪れた。

 「病気の話ばかりだとつらくなる。何げない会話ができる病院って意外にない」。3回にわたり取材に応じた黒岩さんは7月10日、46年7か月の生を終えた。

 花岡さんは箕浦記者に明かした。黒岩さんのことを思い出すと涙があふれる。「悲しいと思えるほど関われば、それだけ大切な出会いだったということ」

 人の流動が進み、一族の墓を守ることが難しくなった。お布施の低額化、結婚式の簡略化、僧侶を呼ばない家族葬が広がる。箕浦記者は「宗教とは何か。寺や教会は何のためにあるのか。原点が問われている」とみる。

 花岡さんは東日本大震災を転機と捉えていた。「被災地で宗教者はたくさんの死に立ち会い、何ができるのかを突きつけられた」。この体験が花岡さんを臨床宗教師としての活動に駆り立てた。

 宗教を通じて社会の変化を切り取る。箕浦記者がこの分野を追って10年以上。デスク業務と並行し、ライフワークとするこの取材を「細々とでも続ける」。(酒)

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